効果へとつながるTech×人力のシカケ、機能だけでは動かない人の気持ちをエモーションで変容させる

「こくベジ」プロジェクトとのダイアログを振り返りながら、「地域×企業」の問いを抽出する企業の社内会議インタビュー。社会インフラで地域の未来に貢献するために、日立の技術はどのように人の暮らしに寄り添っていけるのか、日立製作所中央研究所の森木俊臣さん、伴真秀さん、佐野佑子さん、池田直仁さん、中村悠介さんの5名と多摩未来協創会議ディレクターの酒井博基が議論し、4月21日(火)開催のミートアップ会議に向けたテーマを設定する。

member
  • 森木俊臣(社会イノベーション協創統括本部 東京社会イノベーション協創センタ)
  • 伴真秀(社会イノベーション協創統括本部 企画室)
  • 池田直仁(テクノロジーイノベーション統括本部 エレクトロニクスイノベーションセンタ)
  • 中村悠介(テクノロジーイノベーション統括本部 エレクトロニクスイノベーションセンタ)
  • 佐野佑子(テクノロジーイノベーション統括本部 ヘルスケアイノベーションセンタ)
  • 酒井博基(多摩未来協創会議ディレクター/D-LAND 代表)

地域で失われつつある良いものを、みんなで頑張ることで残す―「こくベジ」ダイアログを振り返って

酒井まずは森木さんと伴さんから「こくベジ」プロジェクトとのダイアログを振り返り、みんなさんに共有してもらいます。

伴さん僕は高浜さん、奥田さんのお話しを伺って、地域の中で価値がどういう風に生まれて、伝播しているのかということの一例を知ることができたように思います。地域には大きく3種類の人がいると思うんですね。自分は関係ないと思っている人と、何かしたいけどどうすればいいのかわからない人、強い思いを持って活動している人です。高浜さん、奥田さんは3番目の人々だったのですが、その人々によって2番目の人々が上手に巻き込まれていきながら、地域に「こくベジ」の活動が巡っていました。このように、地域の中で価値が伝播する仕組みが既にある中で、我々が取り組んでいる社会インフラの将来を考えていく上で、新たな価値をどのように人々に伝播させることができるのか。社会インフラと人との良い接合点を考える上で、地域のサイクルと社会のサイクルの間で、お互いが意識して歩み寄る今までと異なったアプローチが取れないかと思いました。

森木さん私が感じたことは、やっぱり日立って地域から遠いんだなということです。国分寺市には第何中学校の何年卒と話せば全部わかるような人たちがいる中で、同じ国分寺にあるこの研究所の中のことはまだ地域にあまり知られていない。それくらい、地域に届いていないという気持ちを持ちました。ただ、お話を聞いていると気持ちが良くわかる話もあったんです。例えば、高浜さんは農地があった国分寺が好きで移ってきたとおっしゃっていたんですが、私もこの中央研究所にきたのも敷地内の森が気持ちよかったからなんです。そんな風に気持ち良さを感じているから、農業をやっているわけではない高浜さんや奥田さんが「こくベジ」を進めていると。でも現実は難しく、農地って減っていくんですね。これを放っておくのかというのは深い悩みです。地産地消ができず、フードマイレージが長くなっているという社会課題がある中で、「こくベジ」を維持していくことはできるのかどうか。日立が地域に入っていく時に地域が抱える課題があまりに広範すぎて我々に維持できるのかどうかわからなくなる。いろんな意味を考慮して、どういう距離感を保っていくものなのか、せめぎ合う人も多いだろうと思いました。

酒井都心にほど近い地域にあって駅から少し歩くと農地が広がっているという、この何気ない風景を残していけたらいいよねと思う一方で、都市で農業を継続していくことには課題が少なくありません。例えば、住宅地に近接するため、農地から砂埃が舞ったり、農薬を使う場合に水道水への影響を気にされたりします。そんな農家の状況を、地域の人が地域の野菜を食べて美味しいと感じたり、農地のある風景を好きだと感じたりしながら、農家の方々に農業に誇りをもってもらえるようにして、この風景を残すことができたなら「こくベジ」にも1つ意味があるだろうと「こくベジ」の方々は、おっしゃっていました。彼らは自分たちの暮らしの中にある、まちの何となく好きな部分を、食べることや感謝を伝えることを通じて、「みんなで頑張って残していく選択肢」をつくることにモチベーションを得て、走っています。それが自分たちの生活圏に還元されていく活動になっていて、「『こくベジ』を届けてくれてありがとう」と感謝される実感も得ています。それは、受発注関係で納品ベースの働き方では味わいにくいことです。

伴さん企業内ではマクロな目で見てみんながどう思っているのか意識しがちですが、実際に地域の中へ入って行くと、地域ごとに異なる文化や習慣があることに気づく。マクロなニーズがあったとしても、地域の文化を踏まえると横展開することは簡単じゃない。地域に入って顔を見て話すといったことの中に課題の真相があり、地域ごとに課題を取り出す活動はしていかなきゃいけないんだろうと思います。

日立だけでは解けない、地域と一緒に考える地域の社会課題―日立中央研究所の課題意識

酒井伴さんがおっしゃったことから、日立の悩みや課題を見つけていけそうですね。何かを始める時に、市場性であったり収益構造をつくったりすることをしなければ、どうしても大企業が参入していくことはできません。いざ、そうなった際にミクロな地域経済との分断を感じて、もどかしくもなる。それは、組織が大きいからこそ抱える悩みなのかもしれませんね。

佐野さん「日立はBtoCができない」とも言われてきました。地域で暮らす個人や地域密着型の会社向けのビジネスはBtoCになることが多いと思うんですが、日立ではまず自治体や大きな企業と話をして、その話した相手がC向けのサービスを提供することが多いです。日立が直接サービスを提供できずに、1段階挟まないと価値を届けられないのは難しい部分です。

池田さん私がDVDやブルーレイの研究にたずさわっていた頃は、1枚のディスクにより多くの情報をより速く記録する、というように課題が明確でした。でも最近みんなの欲求レベルが変わったように感じます。生活面では困っている人が少ない一方、別の欲求でモヤモヤしている人が増えているというか。本当にしたいことが何なのか、あまりよくわかっていない人が増えていると考えています。例えば「AIをつかって社会をより良くしてほしい」と頼まれたとしても、それで具体的に何をしたいのかははっきりとは見えておらず、本当に実現したいことを一緒になって考え、課題を見つけていく時代になっていると。だから、顔が見えるところまで出向かないと、根っこの課題は掘り起こせないように思うんです。その必要性を理解しつつも、研究者はなかなか昔からのクセが抜けきれない部分に課題があると思います。

佐野さん同感です。新しい研究テーマを検討する時、つい自分が持つ技術や部署が抱える技術をどう使えるのかという考え方をしてしまいます。それを上司から「社会課題から考えよう」と叱られました。一番最後に使う方々の感情が満たされて、どう行動変容するのか、モチベーション喚起にどうつながるのか。心理学的な部分も踏まえてサービスを提供していかなきゃいけないんだろうと思います。定量化することができるのかわからない部分にもリーチする必要があると感じはじめているんです。

酒井「定量化」はキーワードの1つかもしれません。速いだとか、大きいだとか、といったようなこれまでの定量データには含まれていない部分が注目されつつあって、これからの社会では質の部分を量として、どのように読み解いていくかが重要になりそうです。

中村さんまさにそうです。我々が注目していることは、人々の生活の質をどれだけ高めていけるのか。それが社会課題であり、我々の目指すべきところでもあります。例えば、私はセンシングをやっている部署ですので、人の感情をいかに定量化するのか、といった部分に技術を使っていきたい。

酒井それが大組織を動かす際の合意形成にもつながりそうですね。みんなが納得する形で筋立てて説明していく際に、これまでの価値観は定量化できる部分に引っ張られていたと思います。そうじゃない合意形成に向けたデータの取り方があるはずです。これまではアンケート調査に頼っていたところを、別の新しい形にすることでもあるのかもしれませんね。

森木さん例えばカメラを設置して施設を気持ちよく使ってもらえているのか記録できるなら話は変わってきますし。

佐野さん今は、生活に困ることは減って最低限生きていける状態になっていると思うんです。ですが、誰かに困っていることがないか聞いた時に「あまりない」という答えが返ってきても、本当にそうなのかなと感じます。ちょっと不満に思っていることやモヤモヤしていることは、アンケートには出てこないんですよね。不満ではあるけど本人が無自覚になってしまっていることを技術で拾っていけるとよいのかもしれません。

森木さんモヤモヤというような曖昧な部分への反応力が研究者は弱いんです。中央研究所には技術が得意な研究者と、抽象的な概念を可視化することが得意なデザイナーが一緒になって同じプロジェクトを推進しています。まず双方で、そもそもどこに向かわなきゃいけないのかということをじっくり一緒に話し合うのですが、そういう組織が社会課題を考えることに意味を感じているんです。ただ、これから人口が減っていって社会のインフラがもたなくなっていく時に、いろんなところで歪みが出てくるとは思います。それをどのようにして解決していくのか、きっと我々だけでは解けません。表は変わっていなくても、裏でインフラは常に変わっていて、いつまでも機能し続ける。そんなインフラの姿を「こくベジ」のように市民と一緒になってどうやって実現していくのかが大きな課題です。

「地域×企業」互いのモヤモヤを掛け合わせて新たな価値を創り出す―日立が取り組みたいプロジェクト

酒井日立の研究者自身がモヤモヤしていることと、生活者自身もモヤモヤしていることを掛け算したら、マイナス×マイナス=プラスになるかもしれない、ということですね。多摩未来協創会議では、大きなテーマとして「地域×企業」を掲げています。では、掛け算をするためにどうすればいいんでしょう。

池田さん最初に伴さんの話で、3種類の人がいると言っていましたよね。地域にすごく関わりたい人と、あまり関係ないという人がいて、あまり関係ないと思っている人たちが、自分ごとに感じられるような仕掛けが活動を通して見えてくると、自然と参画するようになっていくんじゃないでしょうか。

伴さんそうですよね。でも、もう1つ企業の課題を感じます。それは、良くも悪くも大企業から世に出るものが完成品になってしまっていることです。見方を変えると、そこに使う側のプラスαの動機は生まれないということじゃないでしょうか。今後はモヤモヤや情緒的な部分に社会インフラがどうやって寄り添うのかを考えた時に、ひょっとしたらユーザー自身が、「自分だったら、こう使う」という余地を残す必要があるのかもしれません。それを企業の中だけでやろうとすると、きっと難しい。新幹線でたとえると、東京と大阪を2時間半で通える利便性を「ビジネスマンが日帰りできるようになった」と謳うのが企業だとしても、ある恋人同士にとっては「週末に会えること」が価値なのかもしれなくて、それは僕らだけでは気づけません。きっと「地域×企業」でプラスに転じるというのは、そういうことなんだと思います。

酒井以前、「こくベジ」の配達に付いて行った時のことです。地域で採れた野菜を地域の飲食店に届けるところにに配達する人が介入しているだけで非常に面白いことが起きていました。配達をする人は受取手の方に「このブロッコリーは大ぶりですが味はしっかりしています」とか、「フキノトウが採れ始めたんです。これは初物ですよ」とか話していて、そこで季節や今を感じることができたんです。昔ながらの青果店と似た振る舞いですが、配達をしていた方は農家とも話をしていて、それを本人なりに解釈してから野菜と一緒に届けている。それって、野菜という完成品にプラスαの価値を与えていると言えませんか?

池田さんそういう話は、人を介さない完全自動化と相反するものですよね。人が物流の中で仲介することで、物と一緒にドラマを届けることができるのではということを感じました。人が渡すことによって人それぞれのドラマが異なるのでエクスペリエンス(経験価値)自体も変わってくることが面白い。媒体が人である、というのは非常に重要そうです。これからの社会も、人中心の社会がいいと多くの人が感じていると思うのですが、そう考えた時に改めて人が織りなす価値を大事にしなくてはいけない感覚になります。

酒井では、人の介在をどう捉えるのか、そして技術がそれとどう共存していくのか。ぜひ考えを聞かせてください。

佐野さん私は高齢者に関するビジネスを考えている際にいつも話題にのぼるのが、その人自身のために良い行動が分かっているのに、行動に移さない人が多いのはどうすればいいのかということなんです。例えば、減塩食をこの量で食べるとか、1日30分は歩くとか、そういったことは技術で提案することができても、実際に行動に移してもらうところは人が担うのかなと思っています。AIとかロボットにやれと言われてもやりたくない人は多いと思うので、誰々さんが持ってくれた野菜なので食べようとか、誰々さんに届ける野菜があるから歩こうとか、そういった風に人が介在してモチベーションを喚起する方向につなげていけないかなと思いました。

中村さん私の場合は、実際に何かを地域でやっていく中で場の活性化を採っていきたいと思いました。例えば、国分寺の駅前では人がどのように賑わっているのか、あるいは退屈に感じているのか、といったことを我々のデジタル技術で顕在化していく。そして、まちづくりや人の動きにフィードバックしていく。実際に進める中で市民のみなさんから「もっと、こうしたい」といったコラボレーションが生まれないかと期待しています。

伴さんデジタル技術で顕在化させることによって、これまでと異なる視点で指標を見ることができたなら、アナログで分かりづらかったところも数字に還元できて、それをみんなで議論するようなことにつながっていくと、良い方向に進んでいける気がしますよね。

森木さんとても大事な話だと思います。地域から、研究している我々自身の顔が見えているかどうかで話がまったく違うと思うんです。ただ、カメラが四六時中動いているだけだと、みんなを監視しているように思われてもしかたない。社会のためにやろうと思っていることを研究者やデザイナーが顔を見せて伝えていって、採れたものをみんなで使う。そんなインタラクションに持っていくことが大事だろうという気がします。企業は地域の自治になかなか入っていけないですが、一員として一緒に良いことをやりたいと言わなきゃいけませんね。

伴さん「みんなで使う」という、受け止める側が関与できる余地を残せていたら、違ってくるように思います。受け手が好きに考えていい。思いついたら都合よく工夫していい。そう思ってもらえる状態にして、カメラでデータを採る、使うということが少しずつ地域の新しい文化や習慣として根付いていくようなアプローチは必要だと思いますし、そんな関与の仕方を僕ら側から地域に対してしていきたいですね。

酒井公益性に対するリテラシーのように、特定企業のためにデータが吸い上げられるんじゃなくて、公益性の視点からみなさんに行動を可視化することで、まちがよくなる方向で理解し合う対話が必要ですね。それが何か楽しいことだったり、知らない間に関与してしまえる「こくベジ」のお二人がおっしゃっていた「みんなで頑張る」ことに近いといいんだと思います。

森木さんやっぱり、一緒につくりあげる、一緒に完成させる、という気持ちが必要ですね。

高齢者就労やパブリックスペースについて―ミートアップのテーマ設定

酒井それでは、ミートアップに向けてどんなテーマを立てて、誰と話し合いたいのか語っていきましょう。

佐野さん私は高齢者就労について技術で解決できることはないか、ずっと考えています。アクティブシニアの方々は親戚以外にお会いできる機会が少なく、生の声を聞く機会が多くないので、そういう方々と話したいです。例えば、国分寺市内で働きたい人はどれくらいの割合でいるのか、どのようなライフスタイルが理想なのか、といったことが知りたいです。また、アクティブシニアを雇用したいのに雇用できていない企業や、そのような企業とアクティブシニアを結び付ける方々と会話して、何が問題にあっているのかを見つけたい。そして、それを技術で解決できるのか考えたいです。

酒井「こくベジ」プロジェクトの届ける部分にも通じていそうですね。現在配達は限られた人々が行っていますが、ここに「まだまだ動けるから、活躍の場がほしい」という人が関与することで、新たな地域の価値が生まれるかもしれませんね。他のみなさんは、どういうテーマを掲げたらいいと思いますか? 

森木さん私はインセンティブを設けて、無理のない範囲で人が手をあげる仕組みはどうやったらつくっていけるのかを考えたいです。「こくベジ」プロジェクトとのダイアログで、地域の野菜が給食センターで扱われなくなった際に「野菜をみんなで食べよう」と、ちょっと自発的で本人も嬉しくなれることが始まったとおっしゃっていましたが、ITでそのようなことをしてみたいです。

伴さんまちを活性化させることにたずさわっている方々とお会いして、どんなことをやって活性化しているのか、どんな指標から何を活性化としているのか話すことをしたいですね。

酒井今はまだ交通量だけしか指標がありませんよね。数値だけなく、質的な満足も見ていくと、人がまばらでも公園を気持ちいいと思っている人が実はたくさんいるだとか、これまでの指標では見出せなかった価値を新しい切り口で捉えていかなきゃいけないですよね。

池田さん心おだやかに落ち着いてのんびりできる空間なのか、人が盛り上がって楽しんでいる空間なのか提示できると、目的のある人同士で集まることができるような使い方もできそうです。賑わいと合わせて地産地消のような流通を考えるなら、商店街は一つのターゲットになり得るとも思います。

伴さん高齢者支援も、賑わいの話も同じですが、今、何とかしたいけどモヤモヤしている人と同じくらいに黙っていても始めていけちゃう人も大事だと思うんです。地域をハックできているような人たちが、どういうモチベーションでそれを実現しているのか。彼らがうまくいかなかったことも知りたいですし、うまくいかなかったときに新しいプロジェクトと出会うとどんな風にモチベートされるのかも議論できると面白そうです。国分寺の場合なら、公園を使ってイベントを仕掛けている方々もいますよね。そんな人たちとも、我々のような企業がどう関われば、地域の活性をさらにエンパワーしていけるのか興味があります。

佐野さん以前なら、公園はパブリックなスペースだから個人の利益に関わることは一切できませんでした。でも、だんだん開けた場所になってきた今なら、それをもっと後押ししていくような効果指標を立てていくこともできるのかもしれませんね。

伴さん全員が同じように楽しくすることは難しいと思いますが、このエリアは静かに、このエリアは盛り上げて、というようなことをやる際の指標づくりを我々自身が地域に入って取り組んでいけるといいですね。