“シェア商店”と設計事務所をひとつの空間に。偶然を生む場の力

地域活動から社会のきざしをとらえ、気づきを得る「地域×企業」の対談インタビュー。コニカミノルタの西川義信さんが、国立にある団地の一角で建築設計事務所兼シェア商店「富士見台トンネル」を営む能作淳平さんを訪ねました。

コニカミノルタ:
1873年創業。複合機とITサービスを組み合わせたオフィス環境のソリューション、デジタル印刷システムなど印刷業務に関わるサービス、病院の画像診断ソリューション、産業用光学システムなど、さまざまな分野の事業を展開している。

能作淳平:
1983年、富山県生まれ。2010年にノウサクジュンペイアーキテクツを設立。2020年、国立に同社のオフィス兼シェア商店「富士見台トンネル」をオープンした。受賞歴にSDレビュー2013鹿島賞(2013年)、東京建築士会住宅建築賞(2015年)、第15回ヴェネチアビエンナーレ国際建築展 審査員特別賞(2016年)、SDレビュー2016奨励賞(2016年)などがある。

Q.富士見台トンネルをつくったきっかけを教えてください。

能作淳平さん(以下「能作さん」)富士見台トンネルはふたつの機能を持っていて、ひとつは僕の建築設計事務所、ノウサクジュンペイアーキテクツのオフィスです。もうひとつは会員が代わる代わる営業する“シェア商店”。珈琲店、寿司屋、ワインバーやおはぎの店などさまざまなお店が出店しています。

以前は近くの別の場所にオフィスを構えていたのですが、街との接点がないことがずっと気になっていて。飲食店的な機能を持たせた事務所をつくれば、新しいつながり方ができるんじゃないかなと考えたのがきっかけでした。さらに、それがシェア商店という形であれば、店員とお客さんと僕の三者のゆるやかな関係をつくることができます。僕の直接的な顧客は店員、つまり会員さんですが、珈琲を飲みにきたお客さんとも間接的につながれる。そうすればお客さんとも、サービスを提供する側とサービスを受ける側という関係ではなく、プライベートでしゃべっている感じになれるのかなって。

コニカミノルタ 西川義信さん(以下「西川さん」)建築事務所というとカタログや模型が山のようにあるイメージですが、ここにはほとんどないですよね。

能作さんモノが多いのが嫌なので、模型は極力置かないようにしているんです。デスクトップパソコンもありません。なので一見、設計事務所らしさはないけれど、母体は設計事務所という、ちょっとステルス感のある空間になっています(笑)。

ここをつくる1年ぐらい前からツールをクラウド化させ、カタログも全部捨てて、どこにいても仕事ができる状況にしていました。こうして場所を問わずストレスなく働けるのは、設計の仕事がプロジェクト単位でチームをつくり、竣工したら解散するということを繰り返す方式だからというのもあります。

西川さん考えてみれば、サラリーマンでもプロジェクト単位のような働き方をしている人はいますよね。与えられたプロジェクトだけじゃなくて、社内外から自分でプロジェクトを掴み取ってくるような。僕もそのひとりで、会社の仕事のほかに、長年地域のコミュニティづくりやシェア工房の運営に携わってきました。でも、本業での自分と副業での自分に乖離を感じていて。それで1年半前、なにか生き方を変える方法があるかもしれないと思って、コニカミノルタの新規事業を立ち上げたり、働き方を変えていくような部署に転職しました。それが今いるワークプレイス開発グループです。

僕は、誰しもが生きがいのある生き方をしてほしいと思っているんです。会社とプライベートのふたつの顔を持つのではなく、みんなもっと公私混同で働けばいいのにって。「なにを知っているか」より、「誰を知っているか」「自分がなにをしたいのか」のほうが重要なんじゃないのかなと思っています。

Q.これからの時代でイノベーションを起こすには?

能作さん社会の大きなシステムって、だいたい100年経ったら次のシステムにシフトしていくものだと思うんですね。まず技術革新があって、新しいシステムと既存のシステムが並走している状態が続いてグラデーショナルにシフトチェンジしていくと思います。たぶん、今は次の100年の始まりかなって思うんです。100年後には終身雇用とか、ローンで家を建てるとか、鉄道に縛られるとか、そういうことはなくなっているのではないでしょうか。

多摩エリアの交通と都市構造の関係を見てみても、もともとは街道沿いに都市が作られて、そのあと中央線が開通したことで鉄道に縛られ、それからマイカーを持つようになってバイパスが通って。で、このあとはどうなるの?って考え始めているのが今だと思います。

西川さんリモートワークがもっと定着したら、場所の選択肢は広がりますよね。以前は会社の立地に合わせて住む場所を考えていましたが、もっと好きに選べるようになると思う。働く場所も、自分の住んでいる地域のどこかで、みたいなことが増えてくるんじゃないでしょうか。会社という大きな軸をひとつだけ持っているんじゃなくて、いろんなことを試せるような場所が地域にたくさんできるといいですよね。昔の人は漁業、農業とか、いくつかの生業を持っていたと聞いたことがあります。つまり、漁師は魚が獲れない時期の仕事もちゃんと持っていた。今の人たちも、そういうことがしやすくなってきてるんじゃないかと思います。

Q.多摩エリアの魅力は?

能作さん人の流動と定着のバランスがめちゃめちゃいいところですね。コミュニティが持つ役割って、結局は資源の維持管理じゃないですか。それは産業という形で資源の維持をしてきたわけですけど、今は若い人が流出してしまって、後継者不足などによって産業やその土地の生業が途絶えていくっていうことが、日本の各地で起こっている。一方で都市部では、流動が多すぎてその土地の資源を維持するコミュニティというものをつくることは難しい。でも多摩は流出だけでなく流入もあるし、ある程度定着しているため、地方が持っている「漁業を守るんだ!」みたいなマッチョな感じが全然ないんですよね。言うなれば、すごく華奢なイメージ。その華奢さがなんだかかわいくてちょうどいいなと思っちゃうんです。

西川さん流動と定着を繰り返していくような働く場所をつくっていくとすると、なにが呼び水になっていくんだろう。たとえば国立市って、非営利団体が10万人あたり60団体くらいあって、全国的に見てもすごく活発に市民活動が行われているんですよ。街の人と接していて感じるのは、行政に頼りすぎない風土があること。たとえば、災害のときに避難できるところは学校しかない、でもうちは畑やっているから場所が使えるとか、ほかにも移動式の給湯できるとか。自治じゃないですが、自分たちでなんとかしようと考える人が多い気がします。

能作さん国立市って、なんとなくフィジカルで全体を把握できるサイズ感ですよね。それもけっこう影響しているなと思うんですけど、なんていうか、強いガバナンスがあまり見えない。自分たちで勝手にやろうみたいな感じはありますよね。村ほど小さくないけれど、人間関係も友だちの友だちくらいまでで全員つながれる規模感で、緊張感がある。それがさまざまな市民活動のドリブンになっているところがあると思います。

西川さん肌感で“生きていけるな”って思えるのがこれくらいのサイズ感なのかなと思います。この規模のコミュニティがたくさんあると、弾力性のある社会になるのかもしれませんね。

Q.リモート化の影響について、どのように感じていますか?

能作さん最近「Zoomで便利になりましたね」という話をよくするのですが、なにができてなにができないのかは意外と言語化できていなくて。話しているうちに、だいたい「コミュニケーション難しくないですか、タイムラグがあって」みたいな会話になるんです。リモートでできないことって、つまるところ“偶発性”を生むことなのかなと。情報は問題なく伝わるんだけど、人との偶然の出会いや、プロジェクトの種みたいなものは生まれにくい。

西川さんそういう機会が減っているっていうのは、テレワークの課題のひとつですよね。アイデアは自分とは違う専門を持つ人や、自分の知り合いじゃない人から得られることが多いので、その機会を情報として提供する方法と、人との出会いの両方がやっぱり必要だなと思います。テレワークになったことで、一見いろんなことが省かれたように感じるけど、電話会議では“偶然”はまだまだ生まれにくい。一方で、リアルな場が持つ出会いの価値にみんなが気づきつつあります。

これからは、オフィスも“行きたくなるオフィス”になればいいですよね。生産性の分母は効率で、分子は効果。テレワークで効率が上がったので分母は小さくなりましたが、分子の効果を増やすには、やっぱり偶然性や偶発性、新しい出会いで増やしていかないといけないと思います。

能作さんここに移転する前に、勤務体系をリモートワークかつ完全フレックス制にしたんですね。そうしたら、当然ですが、スタッフはオフィスに来なくなりました。想定内でしたが、ちょっと困ることもあったので、そのとき「来たくなるオフィスを作んなきゃな」と思ったんです。だから富士見台トンネルをつくるときに、そのこともけっこう意識しました。店とランチメニューが毎日変わるのは、スタッフがオフィスを楽しむための工夫でもあるんです。

西川さん会社に行くことが非日常になっていくと面白いですよね。

能作さんそうですね。既存のもので言うと、研修とか合宿とかに近い感じでしょうか。プロジェクトと研修が常にセットになっているような形も面白いかも。

西川さん僕も今100%テレワークなんですが、チームに新しいスタッフが入るので、仕事を教えるために久しぶりにオフィスに行く機会があって。それをチームの人たちに伝えたら、「じゃあ僕もそのとき行きます」ってみんな言い始めました(笑)。やっぱり、会いたいですよね。会いたいっていう欲求もあるし、行けば誰かに会えるかもしれない。これからは、そういうオフィスが求められていくと思います。