必要なのは“日常”と“お祭り”のグラデーション

地域活動から社会のきざしをとらえ、気づきを得る「地域×企業」の対談インタビュー。MotionGalleryの大高健志さんと出川 光さんが、日立製作所 研究開発グループの松原大輔さんと坂東淳子さんを訪ねました。

MotionGallery:
2011年、日本におけるクラウドファンディング・プラットフォームの先駆けとして「MOTION GALLERY」をスタート。これまでにMOTION GALLERYで資金調達に臨んだプロジェクトは4000件以上にのぼり、計50億円を超える資金を集めてきた。

日立製作所 研究開発グループ:
国内外のさまざまな専門性を持った研究者やデザイナーが連携し、研究開発を推進。東京都国分寺市の中央研究所内にある「協創の森」を拠点に、新領域を開拓する技術開発をはじめ、技術の融合による革新的な製品・サービスの創出などに取り組んでいる。

Q.お仕事について教えてください。

日立製作所 研究開発グループ 松原大輔さん(以下「松原さん」)私は研究者で、社会イノベーション協創センタ(CSI)というところに所属しています。そこはデザイナーと研究者が集まり、顧客とともに新たな事業を協創する組織。ニーズの掘り出しを行い、そこからどういう価値が必要で、それに対してどういうソリューションが役立つのかということを一連の流れでとらえ、新しい事業をつくり出すということをやっています。最近だと、モビリティやスマートシティを対象として、地域住民のQoL(Quality of Life)を向上させるプロジェクトに携わっています。

日立製作所 研究開発グループ 坂東淳子さん(以下「坂東さん」)デザイナーとして、松原と同じCSIに所属し、モビリティとスマートシティの分野に関わっています。

2017年まではビジョンデザインチームにいました。「ビジョンデザイン」とは、社会を支えるシステムのあるべき姿や、日立の役割を探っていくために、議論のたたき台としての将来像を示すこと。そのなかで、これからは地域住民をエンパワーメントするような仕掛けをテクノロジーが支えていくことが必要なのではないかと考え、「Fare Fund」というタイトルのビジョンの中で、インフラに住民が関わるしくみのアイデアをまとめました。

これは、電車で街にやってきた人が、運賃の一部を降車する街の基金に寄付するというもの。集まったお金の使い道は、日々モバイルアプリを通じた住民投票で決まります。時には、来訪者がたくさんやってきたときに、みんなで混雑を回避するための投票も行われます。このようなしくみがあることで、住民が街づくりに直接参加するきっかけをつくるとともに、住民と来訪者の持続的な関係も生まれるかもしれません。

Q.市民の地域参画の動向について、どう感じていますか?

坂東さん以前に比べると、地域に働きかける人たちが増えていると思います。プライベートで市役所の方も参加しているコミュニティに入っているんですが、彼らの話を聞いていても、市民としてなにかをしたいと考えている人はすごく増えていると感じますし、実際に行動して市民同士のネットワークもできあがってきています。

その理由として一番大きいのは、雇用のあり方や住む場所の選び方、生活の仕方など、いろんな価値観が多様化している一方で、行政システムが多くの人に同じサービスを届けるという形から脱却しきれないことではないでしょうか。もちろん、行政の方たちも変えようとしていますが、行政では手が届きにくい範囲がある。だから、市民が“みんなそれぞれに違う”ことを前提にして、自分たちでカスタマイズするようになったのだと思います。

MotionGallery 大高健志さん(以下「大高さん」)行政のしくみの多くが、昔のトップダウンのモデルに最適化されたままなんですよね。昔はいろんなものに対して市民みんなの共通見解があったから、パブリックのルールや、行政が提供してくれる価値が明快だった。ところが今は市民の意見やニーズが多様化してきているので、市民も、行政も、パブリックの再定義が重要になってくると思っていて。

僕らがMOTION GALLERYをやっているのも、パブリックの再定義なんです。クラウドファンディングの一つひとつのプロジェクトは、共通意識をもっている人たちの一時的なジョブ型組織だと思うんですね。そこに対してアプローチしたりエンパワーメントしてすくい上げるようなボトムアップ型でないと、そもそも現実的に難しい。
これから社会全体も、大量になにかを作る、ピークを高めて集中させるみたいな方向から、もう少し分散型社会でLTV(Life Time Value)を最大化させましょうという話に変わっていくはずです。

Q.地域のニーズを吸い上げる手段とは?

松原さん最近は「データ駆動型都市」、つまりデータに基づいて都市の政策を考えていくという話がありますよね。たとえば人の行動をデータ化して、鉄道の混雑率を示す。そうすると、それを見た人が行動を変える。そんなふうに、地域住民に行政に参画してもらい、そこで得られたデータを見ながら、我々企業が新しい製品やサービスを考えていくという、これまでとはちょっと違ったループを回すような形の事業ができるんじゃないかなと考えています。

大高さん今のお話を聞いていて思ったのですが、僕らはまだ定量化や可視化されていないもの、有用なデータで証明されていないものを、クラウドファンディングという形でデータ化しているのかもしれません。たくさんの人がお金を出し、これだけ必要とされているんだと可視化することで、オルタナティブなものもフェアに扱う価値があるよねと思ってもらえる装置になればいいなと思います。

たとえば、コロナ禍で閉館の危機にさらされた全国のミニシアターを救うために立ち上がった「ミニシアター・エイド(Mini-Theater AID)基金」というプロジェクトでは、約3億3千万円が集まりました。これは、過去10年間の日本のクラウドファンディングのなかで最高額です。ミニシアターを助けるという、一部の人たちからはオルタナティブに見られてしまうかもしれないものが、これだけの結果を出したことで「こんなにファンがいたんだ」と見えてくる。

松原さんたしかに、クラウドファンディングを通して「ここにこういうニーズがあったんだ」と気づきを得られると思います。我々が事業領域として見ている段階ではその分野に投資をしようと気づかないかもしれませんが、お金が集まっているということは、ニーズがあって、本気な人がいるんだとわかる。そうすると我々も、その分野についてリサーチしてみようとか、連携してなにかできないかと考えられますよね。

MotionGallery 出川 光さん(以下「出川さん」)住民投票だと「n=1」でひとりを1としてしか数えられませんが、クラウドファンディングではリターンに金額の幅があることで、人数、つまりnは少ないけれど、そのなかに実は高額なお金を出した人がいた、というケースがあります。そうやって、nの少ないオルタナティブなものであっても発言力が出てくるところがクラウドファンディングの面白いところ。

プロジェクトを成功させるために、どういう設計にして、どういうふうにアイデアを伝えて共感してもらうのか。クラウドファンディングに10年携わって行き着いたのが、ストーリーテリングの手法を使って、自分の想いを一方的に伝えるのではなく、時系列や感情を伴う語り口でコミュニケーションをとるということです。

そのときに、オルタナティブであるほどそのコミュニティの言葉づかいをすることが一番大事なんです。たとえばミニシアター・エイドでは、映画が好きな人たちに伝わる言葉づかい。加えてこのプロジェクトでは、ミニシアターの経営者が壇上に立つとちょっとあからさまな感じがするので、映画監督や、ミニシアターに助けられてきた人たちを話者に置きました。誰かが利権を持っていこうとしているわけじゃなく、「このコミュニティの一員として共感を集めようとしているだけですよ」ということを、わかりやすい人が話したことも成功につながったんじゃないかなと思います。

Q.クラウドファンディングとFare Fundの地域への関わり方の違いは?

坂東さん日立はインフラをつくる会社なので、最終的にはマスに響くところに関与することになっていきます。Fare Fundは、いつのまにかそこにいる人たちに関与してしまっているようなインフラの姿を描いているようなところがあって。普段生活をしていると、お金の流れ、特にインフラに関わるお金がどう流れているかなんて意識をしてないと思うんです。一方、クラウドファンディングには、回っていくお金に対してプリミティブな意識が入っているなと感じます。使う人のリテラシーが少しずつ上がっていき、だんだんと広がっていく。そういう世界が後に続いていくといいなという姿勢ですよね。そういうことを考えると、インフラを“誰かがつくってくれて、当然のように毎日を快適にしているというもの”というところから発展させていけるといいな、なんて思います。

大高さんクラウドファンディングはプロジェクトなので、言ってしまえば“お祭り”であって“日常”ではありません。熱量があるからドーンと可視化できるところもあるけど、インフラのように日常として実装させていくことにブリッジできたらもっと価値が上がると思います。

出川さん私は以前、機動性の高い車椅子をつくるためのクラウドファンディングを担当したんですね。もちろん素晴らしい製品なのですが、使用者に幸せになってもらうためには、車椅子を作るだけではダメで、まずは車椅子に優しい社会インフラが必要なんです。クラウドファンディングが叶えられるのは“エッセンス”のようなものなので、たとえば自販機の下の段がたくさん押されているというデータから、この地域には車椅子の人が多いかもしれないと推察したり、そういうことから都市デザインが成されたら、クラウドファンディングで仕掛けるエッセンスがもっと生きてくると思います。

松原さんそういう動きがループしていったらいいですよね。たとえば、クラウドファンディングでつくった車椅子の使用者が電車に乗ったとき、駅員同士でその方の乗車位置を共有しますが、今はアナログな方法でやっています。それを、我々のような企業がデジタル技術で支える。それを見た行政が、じゃあ今度は我々がこういうふうに工夫してみようと動き、そのうえで次のクラウドファンディングが立ち上がる……というイメージで、どんどんループとして回っていくと、街が良くなっていきそうです。

大高さん税金は公助ですが、クラウドファンディングは共助。フェアファンドも、来訪者から等しくお金を徴収するという点では税金と似ていますが、共助ですよね。Fare Fundのように、大企業がこれまでと違う形でパブリックを支える、もしくは市民が参加できるタッチポイントをつくれると、公助から共助へと自然な形で変化させることができますが、現状はそういうしくみが抜けているのかもしれません。

出川さん今の日本の社会は明らかに自助・共助と公助の間に壁があります。それを、壁ではなく、グラデーションでつなぐのがFare Fundかなと思いました。

松原さん地続きになっていて、なめらかにつながっていくようにすることで、ちゃんと行政に届いたり、反対に行政のサービスがすべての人に行き渡る。それがうまくいけば、住みやすい街になりそうですね。