対話から始まる、官民連携のスマートシティづくり

地域活動から社会のきざしをとらえ、気づきを得る「地域×企業」の対談インタビュー。東村山市の杉山健一さんと、KPMGコンサルティングの山中英生さんは、東村山市の「民間事業者提案制度」を通じて一緒にある取り組みを進めています。今回は多摩未来協創会議ディレクターの酒井博基が聞き手となり、おふたりにこれまでの活動やそのなかで感じた課題についてお話しいただきました。

東村山市:
多摩地域北部に位置し、人口は約15万人。2019年度より、市民サービスの質や満足度などを向上させるためのアイデアを民間事業者から募集し、事業化を目指す「民間事業者提案制度」をスタートした。

KPMGコンサルティング:
ビジネストランスフォーメーション(事業変革)、テクノロジートランスフォーメーション、リスク&コンプライアンスの3分野において行政機関や民間企業を支援。海外のネットワークとも連携しながら、さまざまな業種の国内外の最新動向や関連法規制にもとづいた最新のソリューションを提供している。

Q.東村山市とKPMGコンサルティングの連携について教えてください。

東村山市 杉山健一さん(以下「杉山さん」)東村山市の「民間事業者提案制度」は、市の魅力を高めたり、行政の業務を効率化したりするアイデアを民間さんから提案いただく制度です。この制度がつくられた理由のひとつは、東村山市のリソース不足を解決するため。人もお金も潤沢でない一方、役所の業務はどんどん増えていき、職員が新しいことに取り組んだりすることが難しい状況でした。そこで、民間さんのノウハウを取り込みながら、一緒に改善したり、新しい仕組みやサービスをつくっていきたいと考えたんです。そのなかでKPMGコンサルティングさんからも提案をいただきました。

KPMGコンサルティング 山中英生さん(以下「山中さん」)2019年に社内外の有志メンバーで開いたスマートシティの勉強会に、杉山さんも参加いただいて。そのときにこの制度のことを聞き、興味を持ったんです。そして同じ年に、デジタル地域通貨を使って地域内の経済循環を上げていくことを中心とした、Society5.0(データ利活用型スマートシティ)を東村山で具現化する提案をしました。

Q.Society5.0をかなえるために向き合っている課題とは?

多摩未来協創会議ディレクター 酒井博基(以下「酒井」)Society5.0で目指すところは「経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」の創出ですよね。それに向けて、どのような課題に取り組んでいるのでしょうか?

山中さん世界的な課題にはSDGs、国内の課題には少子化や高齢化、地方の過疎化などがあります。一方で、地域の課題は個々で違っている。杉山さんたちと対話をするなかでわかった東村山市の課題は、地域経済循環をいかに上げていくかということでした。住民には都心部で働いている人が多く、そこで稼いだお金は東村山市ではそんなに使われていない。地域経済循環率でいうと、全国的に見ても低いレベルにあるのが実情だと思います。今後リモートワークがより一般化した場合、住む場所と働く場所がかなり近い存在になると思われます。そのときに東村山市が自治体として成り立つかどうかが非常に重要なんです。つまり、街のなかだけで暮らしを完結することができない街に住みたいと思えるのかということ。だからこそ、東村山市のなかで経済循環を促進して、市のなかで新しい産業を生み出したりすることが重要になっていきます。

酒井そのためには、お金を使いたくなるような魅力的な場所を増やしていくアプローチと、地域のなかでお金を使う仕組みをアプローチがあると思います。今はどちらに重きを置いていますか?

山中さんまずは後者ですね。お金を回していくことが、お金を使いたくなる場所を作っていくことにつながります。
今まで、住む場所の選択を左右する大きな要素は“働く場所があるかどうか”だったと思うんです。東日本大震災後には、東北に戻って暮らしたいけど戻れないという人がたくさんいました。そこに仕事がないからです。でもリモートワークが普及し、どこでも働けるようになりつつあり、今後は職場がどこにあるかを気にせず住みたい場所に住めるようになる可能性があります。

住みたい街って、そこに誇りや愛着を感じられる街だと思うんですよね。おしゃれで住みやすい街が人気なのは、その表れのひとつだと思います。東村山市は居住環境はすごくいいのですが、日常的な買い物をする場所や、ふらっと散歩に出たときに入りたくなるカフェがもっと増えていったらいいなと思います。お店はそこの地域でお金が回っていないと出店のしようがないので、やはり地域のなかでお金が回る仕組みがあることが重要なんです。

Q.具体的にどのような取り組みをしているのですか?

杉山さん本当は2021年の初めに、富士見町の住人を対象に地域通貨を体感してもらう実証実験を始める予定だったのですが、コロナの影響で中止をせざるを得なくなってしまいました。インセンティブとして用意していたのは、ポイントの付与と、あとは地域の交通利用ですね。富士見町内で移動する際の、タクシーの乗車料などが無料になる。そして移動した先で消費をしてもらうという流れです。

山中さんモビリティと組み合わせている点は特徴的ですよね。AI配車によるオンデマンド公共交通サービスを、富士見町とその隣接エリアで展開する。移動にかかるコストを下げることで、純粋な移動ニーズを引き出すことができます。さらに移動した先で地域通貨を使ってもらうことで、地域の事業者の収益が増えてくるはずなので、そのぶんを公共モビリティの維持に使うというモデルを考えています。

杉山さん計画では、そこで得たデータを共有して街づくりに活かしていくところまでを見据えていました。地域の事業者とスマートシティ協議会をつくり、一緒に考えていく。そうやって長期間の取り組みに変えていくことで、街に素敵な店を増やしたり、課題に対して時間をかけて取り組む土壌をつくれることも、山中さんのご提案で魅力に感じた部分です。

山中さんいろんなデータが取れることが、スマートシティのいいところ。データの活用から新たなビジネスが生まれ、それがまた別の地域課題の解決につながっていくようなプラットフォームを思い描いています。

酒井それらは民間企業だけでは実現できないことなのでしょうか?

山中さん行政がつくった法律や条例などのルールがあったうえで成り立つ仕組みなので、ルールづくりの観点からも行政との連携は必須だと思います。また、行政は住民みんなが受けている行政サービスの提供主体でもあるので、そういう視点でも連携が必要だと考えています。

Q.これまでの取り組みを通して感じた、官民連携の課題は?

杉山さん率直に役所内では、新しい取り組みに対する職員の足並みにバラつきがあります。また、スマートシティ化や、それに関する制度づくりを受け止めるための度量は、まだまだ育てていかないといけないなと感じています。

酒井足並みが揃わないのは、スマートシティやデジタルへのリテラシーの問題なのでしょうか?

杉山さんそうですね。それらのテーマは近い将来、必ず向き合わなきゃいけないことなのですが、まだその土壌が固まりきっていないという感じです。

酒井山中さんはコンサルタントとして、組織を外から観察したり分析する立場でもありますが、官民連携をどのように捉えていますか?

山中さん官と民の役割の大きな違いは、官はルールをつくる、民間はそのルールのもとで動くという点。両者が連携してルールをより適切なものに変えていき、そのうえで民が輝くような仕組みづくりをしていくことは必須だと思います。

一方で、行政の現場ではインフラサービスを回していくことが至上命題です。スマートシティ化はインフラとして提供される行政サービスを変える、つまりは今までの業務のやり方を変えることにもなるのですが、そこには非常に高いハードルがあるんだろうなと。でもスマートシティはすべての部署にとって取り組むべき課題で、今後仕事で扱っていくことになるものだと理解していただく必要があります。実際に、各部署の意識づけがもっと進んでいたら、よりスムーズに運んだのかなと思うところもあります。

Q.今後官民連携を推進していくうえで、どんなプレイヤーが必要でしょうか? また、どのような行政と民間企業の対話の場があるといいと思いますか?

杉山さん以前は、民間の方と話し合える機会がなかなかありませんでした。それが、民間事業者提案制度を通して公式に対話ができるようになって。もっと多くの職員が「民間さんと一緒に考えてもいいんだ」「腹を割って話してもいいんだ」と体感していければ、もっといろんなことができると思います。民間事業者提案制度以外にも、行政側と民間側がお互いにそういう場をつくっていけるといいですね。そのためにも、KPMGコンサルティングさんのようにグローバルな企業はもちろん、地域の個人商店など、さまざまな業種、立場の人との関係性を築いていきたいと考えています。

山中さん官か民かにかかわらず対等に対話・交流し、お互いにソリューションを提案し合えるような場があればいいですよね。これまでにも、それに類するような場はありましたが、場をつくって終わり、あるいは情報発信のみにとどまってしまうことが大半だったと思います。アクションにつなげていくためには、参加者同士の化学反応を誘発し、プロモートしていくような人が必要なのではないでしょうか。

酒井ゲームメイクをしていくといいますか、まずはキャッチボールから初めて、ゲームにしていくのを仲介するようなプレイヤーが必要だということですね。

山中さんはい。今ある場のほとんどは“存在していることに意味がある”みたいになってしまっているので、そこからなにを生み出していくのかにフォーカスし、動かしていけるプレイヤーが必要かなと思います。

杉山さん提案したことがビジネスとして形にならなければ、民間さんとしても興味を失ってしまいますよね。自治体側もレベルを上げていきながら、いろんな壁を一緒に体感し、クリアしていけるようにしていかないと。現状では、そのスタートラインにも立ってない自治体も多いと思うので、官民連携の必要性を気づかせてくれる機会としても、対話の場が増えていくのはとてもいいことだと思います。

Q.これからの官民連携についてどう考えますか?

杉山さん東村山市が抱えている課題の多くは、多摩地域のほかの自治体にも共通します。山中さんからのご提案って、実はほかの自治体にもそのまま転用できるんですよね。市の境界を超えて取り組み、多摩地域全体を押し上げていく。そういうふうに、よりダイナミックに経済発展や持続可能性を高めていける社会を目指していくのがいいんだろうなと思っています。

山中さん杉山さんがおっしゃる通り、東村山市で進めている“経済循環を上げて住みよい街にしていきましょう”という取り組みは多摩地域のいろんなエリアに適用できることだと思います。それをやっていったときに……これは僕個人の疑問なんですが、行政界ってなんなんだろうと思うんですよね。いろんな歴史があって今の境界ができていますが、生活の変化によってだんだん行政サービスのコストを負担している人と受益者が合致しなくなってきている。そうなると、現状の行政界は果たして適切なのかなとか。

杉山さん官民連携だけでなく、行政と行政の連携も、民と民の連携もある。境界を曖昧にするみたいなことで、みんながハッピーになれることもあると思います。民間事業者提案制度では、民間と行政が資金を持ち寄り、半官半民のような形で会社を立ち上げてやっている取り組みもあります。そうすることで、市はこれまでとは違った動きができる。仕組みだけの話ではありますが、そういうふうに境界を曖昧にすることもできるんです。いろんなやり方があるけど、少しずつでも進めていけたら。失敗することもあるかもしれませんが、それさえも対策と対応しだいで次の改善につなげられるんじゃないかなと思っています。