“身近な目的地”が点在するウォーカブルシティ

地域活動から社会のきざしをとらえ、気づきを得る対談インタビュー。京王電鉄の北田明さんと田中寛人さんが、日本大学理工学部建築学科の都市計画研究室を訪れました。お話を伺ったのは、この学科の助教であり、都市戦術家の泉山塁威さん。多摩未来協創会議ディレクターの酒井博基が北田さん、田中さんと共に聞き手となり、生活環境と自然環境が共存する多摩エリアの“ウォーカブルシティ”としての可能性を探りました。

京王電鉄:
多摩市に本社を置き、新宿・渋谷を起点に東京都南西部・神奈川県北部に延びる鉄道路線を運営。京王グループの中心企業でもある。グループとしては、鉄道・バス・タクシーの交通・運輸業、小売・流通業、不動産業、レジャー・サービス業など幅広い事業を展開。

泉山塁威:
都市戦術家。日本大学理工学部建築学科助教。「ソトを居場所に、イイバショに!」をコンセプトに、ソトやパブリックスペースを豊かにしていくことを目指すメディアプラットフォーム『ソトノバ』の代表理事を務めている。著書に『タクティカル・アーバニズム 小さなアクションから都市を大きく変える』(共編著、学芸出版社、2021年)など。

Q.“郊外”はこれからどのように変わっていくと思いますか?

多摩未来協創会議ディレクター 酒井博基(以下「酒井」)無視できないのが、コロナ禍による暮らしの変化かと思います。泉山さんはこの変化をどのように捉えていますか?

泉山塁威さん(以下「泉山さん」)やはり住む場所の選び方が変わったことが大きいですよね。これまでは、通勤の距離と豊かな住環境と自分の経済状況を鑑みながら、どこにバランスの支点を置くのかを考えて場所を選択していたと思います。それが、リモート勤務が進んだことで、“仕方なく”都心や地方に住んでいた人が少し自由に選択できるようになりました。ただ、変化はあくまでもその程度かなと思います。1年ぐらい前は“脱東京”というワードもよく聞きましたが、現在はその流れも落ち着いています。

酒井京王電鉄は、コロナがもたらしたライフスタイルやワークスタイルの変化によっていろいろな打撃を受けたかと思いますが、社内ではどんな議論がなされていたのでしょうか?

京王電鉄 北田明さん(以下「北田さん」)影響でいうと、やはり運輸業への影響が大きいです。感染者数が増えれば乗降客数は落ちますし、学生さんはオンライン授業が増えれば電車に乗らなくなり、社会人の方はテレワーク率が上がれば電車に乗らなくなるということが、如実に現れる形で推移していますね。

コロナがおさまってもコロナ以前の乗降客数には戻らないことを想定していて、そのなかで会社としてどう生き残っていくかを考えていかなければなりません。住む場所の選択肢が広がった今、“京王線沿線の街が住みたい街になっているか”を見返してみると、私たちはこれまで「駅近で買い物ができる」「日用品が揃う」というような利便性を重視して街のサービス構成を考えてきたところがあると思いました。でも今後は、それだけでは選ばれることにつながりにくいのではないかと。その街独自の特徴が伝わっていない状況を変えなきゃいけないんですよね。

それから、定期券の存在がすごく大きかったことにも気づきました。定期券区間内であれば行き慣れている。行動パターンが定期券に影響されていたと思います。

泉山さんそういえば先日書いたとある記事で、定期券区間内の行動範囲を“定期圏”と表現しました。今は学生もオンライン授業なので定期券を買っていないんですよ。定期券だったら親が出してくれるけれど、そうでなければ交通費を自分で出さないといけないので、家からあまり出なくなるケースもあります。

京王電鉄田中寛人さん(以下「田中さん」)鉄道を中心にして都心方面に細長く延びていた行動範囲が、同心円状に変わってきているのかもしれません。移動の費用や時間といったコストが重視されるなかで、移動で稼ぐということではなく、同心円状内の生活圏内でどういったサービスを住民の皆様に提案していくかをより意識しないといけないのかなと思っています。

酒井住む場所の選択肢が増えているなかで、多摩エリアを選ぶ人はどのようなところに惹かれているのでしょう?

田中さん都市の利便性と田舎のよさを兼ね備えているのが多摩エリアの特徴。週に数回は都心に行くけれど、それ以外の時間はゆとりのある生活空間で過ごしたいという方にとってバランスがとれた地域だと思います。立川や八王子といった商業集積地も多く、都心まで行かなくても近場で用事を済ませることができる。そんなイメージで、都市と田舎を使い分けできるライフスタイルに魅力を感じる人も多いのではないでしょうか。

Q.生活圏の充実を図るためにはなにが必要でしょうか?

酒井“定期圏”が縮小すると、今度は“生活圏”の充実がより求められていくと思うのですが、生活圏の充実という面の動きや変化についてはどのように考えていますか?

泉山さん生活圏の範囲を考えると、徒歩だとだいたい15分で半径800m、自転車になるともう少し広がりますね。その生活圏内に自宅があり、なおかつショッピングセンターや病院もあるような街づくりが、実はコロナ前からアメリカのポートランドやオーストラリアのメルボルンでは始まっていました。

そこで重要視されているのは、都心で働いて家に帰る生活ではなくて、自分の生活を豊かにしていくこと。リバブルシティ、つまり“住みやすい都市”をつくっていこうとする流れが世界にあるんです。ちなみにグローバル情報誌『モノクル』の2021年の「生活の質が高い都市ランキング」では、1位がコペンハーゲン、東京は5位でした。

その流れと、コロナによって自宅周辺で過ごすようになったことがすごくマッチしたこともあり、これからの郊外は、選ばれる地域になるためにいち早く攻めていくことが必要です。そうすると、鉄道での移動ではなく、ウォーカブルなパーソナルモビリティ、たとえばレンタルの自転車やeスクーターで移動する環境が整っているといいかもしれません。半径800mの徒歩圏のなかにすべてを揃えるのは、なかなか大変です。だから、自転車圏内ぐらいの範囲を見据えるといいのではないでしょうか。

酒井京王電鉄としては、これまでは駅を中心とした事業展開をしていたと思うのですが、今後も駅を中心に展開していくのか、街のなかへより広がりを持たせていくのかといった話し合いをしていたりするのでしょうか?

北田さん今までは都心に働きに行かなければならなかったわけですが、テレワークの普及により、移動することの強制的なモチベーションがなくなってきています。「行かねばならない」ではなく「行きたいから行く」、あるいは「楽に行けるから行く」にシフトしてきているのだと思います。ですので、京王グループのリソースである電車やバス、タクシー等の各種移動手段のシームレスな利用を発展させていかないと、そもそも駅に来ていただけなくなり、駅周辺のビジネスが弱くなっていくと考えています。ただ、逆を言えば、駅から半径800mのなかでなにができるか、どう楽しめるかが、その街の特徴にもなり得ると思っており、駅からコンパクトな範囲でどういったサービスを提案していくかも考えています。

Q.ウォーカルブルシティとは? また、それをどのように都市に取り入れていくべきでしょうか?

酒井近年、各地の街づくりで取り入れられている「ウォーカブルシティ」という考え方がありますが、その本質はどのようなものなのでしょうか。

泉山さん実は今、ウォーカルブルシティに関する海外の本の翻訳を進めています。著者であるアメリカの都市プランナー、ジェフ・スペックさんは、「目的地がなければ人は歩かない」と言っています。今までは職場という強い目的地があって毎日移動していましたが、これからは別の目的地をつくっていかなければならない。それはいろんなサービスだったり、あるいは友達がいる場所だったりすると思うんですよね。

「ウォーカルブル」というと、バリアフリーを整えればいいとか、歩道を広くとればいいといった“歩行快適性を上げる”イメージがありますが、これはwalkableという英語の単語に由来していると思います。日本の都市が取り組んでいるウォーカブルは、歩きたくなる=want to walkなんですよね。「楽しい」とか「行きたい」という人間の欲求であって、これが目的地というものにつながると思います。もちろん歩行快適性は整えなければいけないのですが、バリアフリーになったから人が歩くかといったらそうではなくて、たとえば友達が住んでいるからあの街に行きたいという気持ちが一番重要なんじゃないかと。

買い物に出かけるだけなく、友達と楽しく過ごしたい、いいホテルに泊まってくつろぎたいといった目的地を日常のなかに持てるような地域になれるかというのが、ウォーカブルシティを目指すうえで大事だと思います。

酒井すでに目的地になるような場所がたくさんある都心ではなく、郊外で目的地を増やすうえで、工夫すべき点や価値観として打ち出せるものにはなにがあると思いますか?

泉山さん友達と飲みに行くときの飲み屋のような、身近な目的地をつくることだと思います。もしかしたら、そういうライフスタイルを提示してしまったほうがわかりやすいかもしれないですよね。たとえば「聖蹟桜ケ丘ではこういう過ごし方ができます」というモデルケースを編集してウェブサイトや雑誌上で見せるような。

Q.“身近な目的地”という視点において、活用できる多摩エリアの資産は?

泉山さん地域で過ごす時間が増えた今、普段の暮らしのなかで豊かな時間をどれぐらい持てるかが重要だと思うんですよね。たとえばお気に入りのカフェが近所にあって、そこで仕事をする。通勤しなくなったとはいえ、仕事の時間をどうつくっていくか……今までは地域の外だったワークの場を地域のなかで持てるようにしないと、結局休日しか有意義に過ごせない街になってしまう。

だから身近な目的地と言っても、結局は時間の使い方なのかなとは思います。家で過ごすのか、徒歩5分のお気に入りのカフェで過ごすのか、あるいは公園に行くのか。

酒井たしかに、いい時間を過ごすこと自体が目的地にもなり得ますね。今、公園という言葉が出ましたが、生活圏内にたくさん自然があるというのは多摩エリアの魅力のひとつかなと思います。

田中さん日本は、諸外国と比べてひとりあたりの公園面積がすごく狭いんですよね。たとえばニューヨークやロンドンだと20平米ぐらいなのですが、東京都の平均は5平米くらいだったと思います。そのなかで多摩エリアは10平米を超える自治体も多い。そういう意味では、生活圏内に公園自体は意外とあって、そこをどうやって気軽に使えるパブリックな場所として目的地化していくかというところなんだと思います。生活圏内に公園があることで、街が豊かになっていったり、行動の選択肢が少しでも広がるといいですね。

泉山さん最近では、公園にあるブランコ、すべり台、砂場の“三種の神器”が老朽化し、撤去が進んでいるそうです。子どもが少なくなってお年寄りが増えたため、遊具を撤去して代わりに健康遊具を置く。つまり公園というものが子どものための場所ではなくなり、高齢者の居場所になっていると。そういうケースが多摩にもあるんじゃないかと思います。

特定の世代の居場所になってしまうと、それ以外の世代が過ごしづらくなることもありますよね。最近では「インクルーシブパーク」という言葉もありますが、福祉や教育などさまざまな施策を混ぜて、障がいを持っている人も含めて老若男女みんなが使える公園をつくっていくべきだと考えています。

酒井みんなが居心地よく過ごせる場所にするために、どのような工夫が考えられますか?

泉山さんたとえば「プレイスメイキング」という考え方では、プレイス=“10種類のアクティビティが持てる場所”と定義されます。とはいえ、小さな児童公園のなかで10種類ってけっこう難しいんですよね。アメリカだと子どもの遊び場を「playground」と呼び、「park」はレクリエーションや運動ができる場所を指します。日本では、屋上がランニングコースになっている大阪の「もりのみやキューズモールBASE」のように、施設に運動できるpark的な場所をつくっているケースもありますね。そういう例は利用者を限定しすぎず、遊びも運動もフィットネスもできるような、役割が広い公園をつくるうえで参考になると思います。

それから今、話をしながら思ったのは、みんなで過ごせる場所や時間も大事なのですが、同時にひとりの時間も重要だということをコロナで再認識したのかなと。みんなが家にいることで感じるストレスがあり、それを解消するために外に出ることも大事なポイントだと思います。多くの時間を外で過ごしていたからこそ成り立っていた“家”というものが、毎日ずっと家でお父さんやお母さんが仕事をして、子どもも遊んでいるような状況だとキャパシティ的に成り立たないんです。それぞれがひとりの時間を過ごせるほど広い家を買えればいいけれど、それも限界があるので、家の機能を地域のなかで補完していかなければならない。そういった機能もまた、その場所を“目的地”にするのではないでしょうか。

田中さん自宅以外でひとりになれる場所が今までは少なかったですよね。最近、いろいろな公共空間や商業施設で「コミュニティづくり」の重要性がフィーチャーされていて、それももちろん必要なんですけど、やっぱりひとりになれる時間も同じぐらい必要だと思うんです。その両方を選べるような場所が徒歩圏にあると、居心地のいい街だな、住みたいなと感じると思います。