多摩エリアの豊かな自然を活かして身近な生活圏を“ウォーカブル”にしていくには?

プログラムオーナーが「Dialog」「Monolog」を通して立てた問いに対しての“解”を探るミートアップ。4名の参加者が京王線沿線の街を“歩きたくなる街”にするためのアイデアを発表しました。各地域での多様な活動を通して見えてきた、具体的なアイデアが飛び交った今回。今後の展開を大いに期待させる機会となりました。

member
  • 及川賢一(AKITEN 代表/八王子市議会議員)
  • 宮 貴子(ナマケモノ倶楽部 ソーシャルュレーター&ゼネラリスト)
  • 林 瑞恵(act634府中 代表)
  • 齋藤善寛(Code for Fuchu 副代表/セカンドファクトリーCXO 地域共創部/UXデザイナー)
<京王電鉄>
  • 北田 明(開発事業本部 プロジェクト推進部 聖蹟桜ヶ丘プロジェクトチーム 課長)
  • 田中寛人(開発事業本部 プロジェクト推進部 聖蹟桜ヶ丘プロジェクトチーム 課長補佐)
<ファシリテーション>
  • 酒井博基(多摩未来協創会議ディレクター/D-LAND 代表)

東京の“西”のライフスタイルを“東”にプロモーション

トップバッターの及川賢一さんは、NPO法人AKITENの代表を務めています。八王子市を中心に、文化や産業など地域の独自性を持ったコンテンツを空きテナントに持ち込み、アートとデザインの力でそれらの魅力を発信したり、八王子の食や暮らしの魅力を発信するファーマーズマーケットの運営などに従事。AKITENのほかにも、地域産業の課題を解決するプロジェクトの運営、ローカルテレビ番組のプロデュース、そして八王子市議会議員として地域活性化に取り組むなど、さまざまな活動をしています。

及川さんがまず問いかけたのが、「アフターコロナのニューノーマルと呼ばれる社会で、どのような変化が生まれるのか」ということでした。

「八王子市は人口が大きく増えつつあり、戸建・マンションともに建てれば売れる状況。駅周辺だけではなく、高尾をはじめとした緑の多いエリアも人気です。それから、今後もテレワークはある程度残るだろうという予測のもと、自宅にスペースがとれない人に向けて、駅周辺にはコワーキングスペースがどんどん増えています。

もともと八王子市は都心への通勤時間の長さがネックで、25〜35歳くらいの人口流出がとにかく多いことが課題でした。それがテレワークによって『週5で満員電車はキツいけど、週に2、3回なら我慢してもいいか』ということで、コロナ禍以降八王子に住居を購入した人もけっこう多いんです」

続けて「電車に乗る頻度はこれまでより低いとはいえ、移動の距離が延びるということは運賃が上がり売上増加のチャンスとも言える。一方で、定期を買ってもらえなくなるという問題もあります。鉄道会社としてはこの変化をどのように捉えているのでしょうか?」と及川さん。それに対して、京王電鉄の北田明さんはこう答えます。

「まず、乗降客数がコロナ前に戻ることはないだろうと考えています。それと同時に、『定期券があるから休日も都心に出かける』という行動が変化していくのではないでしょうか。つまり、定期券によって東(=都心)に向いていた生活が変わっていくのかなと。交通手段も鉄道だけでなく車や自転車、バイク、徒歩といった選択肢も出てくるでしょうから、そのなかでどうやって事業を維持していくかは非常に難しい課題です」

北田さんの話を受けて、及川さんは再び話し始めました。

「北田さんがおっしゃるように、今までは人は東側に移動していた。それを、西のほうに目を向けられないでしょうか。僕が今日お伝えしたいのは、多摩地域ならではのライフスタイルを消費行動に結びつけることができないだろうかという提案です」

及川さんの提案はふたつ。ひとつは鉄道広告を利用したライフスタイルのプロモーションです。たとえば京王線長沼駅は、都内では珍しく駅前に田園風景が広がっています。また、高尾駅周辺にはたくさんのクリエイターが活動しており、八王子ではクラフトマーケットが多く開かれています。東京の西側にはそんな暮らしがあることを、京王電鉄に一緒にプロモーションしてもらうことで、「多摩地域に住んでもらうだけでなく、都心から西側への長距離移動をしてもらうことにもつながると思います」と及川さんは語ります。

もうひとつは、京王電鉄関連の商業施設を活用した物品の販売です。

「東側の人たちに西側のライフスタイルを紹介し、それを消費や外出につなげられないかなと。アメリカのポートランドではないですが、その街特有のライフスタイルに触れたくて足を運ぶようなことができたらうれしいですね。特に八王子エリアについてはクラフトや食品などほぼすべての分野にネットワークがあるので、場所や機会さえあればすぐにでも始められます」

及川さんの提案を受け、「京王電鉄の商業施設で、催事から始めてみるのがいいかもしれません」と北田さん。同じく京王電鉄の田中寛人さんは、「地方のものを扱う物産展はよくありますが、近場の自治体のものを扱う催事は案外少ないですよね。催事をきっかけに行きたくなったらすぐに足を運べるし、移動のために電車の利用もしていただけるはず。すごくいい取り組みなので、ぜひ一緒にやらせていただきたいです」と続けました。

市民とともに作る駅前のエディブルガーデン

続いては宮貴子さんの発表です。ナマケモノ倶楽部というNGOで環境活動に取り組んでいる宮さんは、環境保全と経済活動の両面から考えた場を駅前につくりたいと語ります。

「コロナ禍は経済活動に打撃を与えた分、大気がきれいになるなど、環境活動の視点から見るといい面もありました。しかし、コロナ禍の状況がまた悪化したり、別の災害がいつ起こってもおかしくない今の状況では、環境活動と経済活動を一緒に進めていかなければならないと思っています。

その一環として考えたのがエディブルガーデン。直訳で『食べられる庭』を意味し、野菜やくだもの、ハーブなど食べられる植物を植え、育てて収穫を楽しむ庭のことです。食べ物を自分たちの街で、自分たちの手でつくっていけたらおもしろいんじゃないかと思いました。ガーデンが駅前にあることで、電車に乗らなくても駅の周辺に行き、消費活動をするきっかけになります。ガーデンを鉄道会社さんと住民が一緒につくっていくことで、街への愛着が生まれる。そんなふうにして、地域の価値をみんなで作っていけたらいいですよね」

もうひとつ宮さんがつくりたいと話したのは“オアシス”です。「これもまた、市民の人たちを巻き込んで一緒に作っていくことを想定しています。自分で作ったものがあればそこに足を運ぶでしょうし、その体験が楽しかったらまたワークショップがあったときに参加してもらえるはずです。そういう循環を生み出すことができたら」と宮さん。

北田さんは、吉祥寺の駅ビルで地元の人たちと一緒にホップを育て、地ビールをつくるプロジェクトを例に挙げ、「みんなで作って愛着を育てることはすごく大事ですよね」と語りました。

「京王電鉄が持っている駅前の施設を使って、地域の方々と緑を植えたり、使い方をみんなで考えたりしたいですね。行政ともうまく組みながら、“三方よし”の形でやっていけたらと思います」

多摩地域を水辺でつなぐ「ミズベリング」

次に発表したのは、act634府中の代表を務める林瑞恵さん。冒頭で「今日したいのは、ミズベリングの活動を一緒にやりませんかという提案です」と切り出しました。

ミズベリングとは、川などの水辺と街が一体となった景観、にぎわい、新しい水辺と社会の関係を生み出すムーブメントを起こしていく官民一体の全国プロジェクト。林さんは「ミズベリング in 府中」として府中市役所と連携し、市民が水辺の価値を再発見できるようなプログラムを企画・提案・実施しています。

「今回のミートアップのテーマのなかに『徒歩や自転車で移動できる生活圏の充実』とありましたが、生活圏を充実させるというよりは、すでにある生活圏の魅力を再発見することが大事なのではないかと考えました。
多摩地域に公園や緑が多いのは周知の事実。一方で、水辺ってあまり価値を評価されてこなかったんですよね。『水辺をもっと生活の近くに持ってこよう』というミズベリングのコンセプトは、そんな多摩地域が持つ魅力の再発見につながると考えています」

アプリを使用したクイズラリーやザリガニ釣り、笹舟流し、オンラインでの多摩川の流域の町歩きなど、これまでに開催したイベントは多岐にわたります。そのどれもが市民のアイデアから生まれていることは、ミズベリングの大きな特徴だと林さんは言います。

「これまでは市民は行政や企業の“お客さん”でした。でも、これからの街づくりでは市民が主体となることが大切。自分がその土地に根付いている実感を得ることが、ウェルビーイングや幸せ、安心につながっていくと思います。縦割りの行政では難しい各分野を横断した取り組みも、民間だったらできる可能性があるはず。なので、今日京王電鉄さんにお伝えしたかったのは、ミズベリングで具体的にこれをやりましょうというのではなく、『一緒に妄想から始めるのはいかがでしょうか』というお誘いなんです。

京王線沿線には多摩川が通っている街が多いと思うんですね。府中市だけではなく、八王子も日野市も調布も、みんなミズベリングというワードでつなげて、一緒に水辺をもっと活性化させていけたらと考えています」

発表に対し北田さんは、「聖蹟桜ヶ丘駅のある多摩市では近年水辺の開発が進んでいて、水辺をどのように活用していこうかという気運が少しずつ盛り上がってきている」と話し、「府中ではできないけど多摩市の河川敷だったらできることもあるかもしれない。そういう独自の取り組みができたらおもしろいですね」と続けました。

京王電鉄の『街はぴ』を市民に開かれたメディアに

最後の発表者は「地域となにかを掛け算して、ワクワクする〇〇を創る」をテーマとし、さまざまな活動を行っている齋藤善寛さんです。ICTを活用して地域の人たちと地域課題の解決に取り組むCode for Fuchuの副代表を務めるほか、学生時代に起業した株式会社セカンドファクトリーでは企業の新規ビジネス創発の支援やサービス開発などに従事。さらに、大学の非常勤講師として「デザイン思考」のプロセスを用いて地域課題の解決と未来創造をテーマとしたアクティブラーニング形式の授業を担当したり、府中市で地域のHUB SPOTとなるようなカフェレストランを展開するなど、活動領域は多岐にわたります。

今回はウォーカブルシティを作る要素のひとつ、“にぎわい”に着目したという齋藤さん。「みなさんの発表にあったように、主体的に関わると地域は魅力的に見えてくる」と前置きし、こう続けました。

「今まで、その機会を得るきっかけ作りは、駅にあるポスターや広告が担うことが多かったと思います。ところがなかなか出かけなくなった昨今は、それをデジタルメディアで伝えていかないといけないのかなと。京王電鉄さんが持つローカルメディアはたくさんありますが、なかでも注目したのが沿線の口コミ情報サイト『街はぴ』。記事は市民エディターが書いていて、市民に一部を解放していると言えるメディアです。

この『街はぴ』に行政情報なども簡単に入稿できる仕組みがあったら、人がもっと集まり、メディアとしての価値も上がって、広告収入も増えるのではないかと考えました。それって結局、官民連携データを作りましょうということなんです。

僕は西新宿でスマートシティの実証実験に関わっています。街なかや公園などにあるスマートサイネージを活用し、「街の魅力」を感じていただく情報発信をすることがひとつのテーマなのですが、旬の情報を集めることに非常に苦労しました。今回の提案はそこから発想したものです。

システムを解放してデータをオープンにしてもらえたら情報を簡単に流すことができるようになるので、たくさんの地域のイベントや魅力に出会える場所になる。得られる価値はブランドイメージにもなるし、より深い地域とのつながりも生まれるんじゃないかなと思います」

齋藤さんのアイデアを受け、北田さんからは「駅の商業施設にあるサイネージで発信するのもいいかもしれません」という意見も上がりました。これまでは駅にある案内板が観光案内の役割を担っていましたが、サイネージというデジタルメディアを使用することで、より多様な、鮮度の高い情報を発信できそうです。

こうしてミートアップは終了しました。発表を振り返り、「みなさんの活動がすごく充実しているので、具体的にどういう部分であればうまく連携できるかということを考えながら聞いていました。ひとつでも実際の活動につなげていきたいので、個別に話す機会をいただければうれしいです」と田中さん。最後に北田さんが総括しました。

「新しく建物を建てて街をつくろうということではなく、京王線沿線の街にはもう十分魅力があるんだということにあらためて気づきました。今後取り組むべきは、それらの街をいかに居心地がよく、多摩らしい場所にしていけるか。今まさに追い風が吹いているタイミングだと思うので、みなさんと一緒になにかやらせていただき、いろんな取り組みが京王線沿線にある状況を作りたい。それこそが沿線活性化の姿だと思うので、ぜひご縁を重ねていければと思います」