地域の課題だけを見るのではなく、強みに注目する。行政と企業と市民が集うリビングラボの可能性

地域活動から社会のきざしをとらえ、気づきを得る対談インタビュー。日野市の鈴木賢史さんと中平健二朗さんが、日立製作所 研究開発グループの金田麻衣子さんと田中久乃さんを訪ねました。行政や企業、市民がフラットに対話するリビングラボをそれぞれに行っている日野市と日立製作所 研究開発グループ。多摩未来協創会議ディレクターの酒井博基がファシリテーターを務め、リビングラボが持つ可能性や課題について議論しました。

日野市:
多摩地域南部に位置する人口約18万7000人の市。2018年度から、日頃の生活で感じるさまざまな困りごとに対して市民、企業、専門職が同じテーブルに座って対話し、解決策を一緒に考える「日野リビングラボ」をスタートした。

日立製作所 研究開発グループ:
東京都国分寺市の中央研究所内にある「協創の森」を拠点に、技術開発や革新的な製品・サービスの創出などに取り組んでいる。2018年より、研究活動のひとつとして国分寺市や神奈川県三浦地域を舞台に、一般市民や中小企業、自治体などとの協創を通じて未来の地域社会のためのビジョンづくりを目指す「フューチャー・リビング・ラボ」に取り組んでいる。

Q.これまでのリビングラボへの取り組み

多摩未来協創会議ディレクター 酒井博基(以下「酒井」)まずは、それぞれのリビングラボへの取り組みについて教えてください。

日野市 鈴木賢史さん(以下「鈴木さん」)日野市では10年ほど前から官民連携に取り組み、2018年度に住民の方や企業さんと一緒に地域課題をディスカッションする「日野リビングラボ」をスタートしました。

リビングラボには、参加者それぞれにメリットがあります。企業にとってのメリットは、新しい事業モデルやマーケットを探るための顧客理解。私たち行政には、民間のノウハウを活用できるというメリットがあります。そして市民が得られるのは、自分自身がレベルアップする感覚ややりがい。行政主体のリビングラボですので、最終的なアウトプット先である市民がしっかりとメリットを感じられるように設計をしていかなければならないと考えています。

「日野リビングラボ」の様子

鈴木さん企業さんに参加していただくうえでは、日野市を特定の地域というよりは“構造”として捉えていただけたらいいなと思うんです。たとえば下図は多摩平の森団地に暮らす住民のネットワークを表したもの。団地の中の自治会やサークルのほかに、外部の支援者や、サービスを提供するいろんな企業とも実は関わっていたりします。その全体を包括するものとして政策がある。このような構造を一体的につくれることもメリットです。

日立製作所 研究開発グループ 金田麻衣子さん(以下「金田さん」)私たちは「Future Living Lab(フューチャー・リビング・ラボ)」という活動を行っています。こちらは、これからの街のしくみを、市民の方と一緒につくって試してみるというもの。一般的なリビングラボがオープンな活動であるのに対して、思いを共有できる少数の人とまずは形にしてみて、関係者を広げていこうというところが特徴です。

市民の方はアイデアをたくさん持っていますし、クリエイティビティにあふれている。持続可能な社会に対して、デジタル技術の活用といったことだけを考えるのではなく、そういう人たちをしっかりキャッチアップして一緒に取り組む活動が必要なのではないかという考えからスタートしました。

日立製作所 研究開発グループ 田中久乃さん(以下「田中さん」)フューチャー・リビング・ラボの最初の活動は、2018年に国分寺の「こくベジプロジェクト」のみなさんと開催した『つれてって、たべる。わたしの野菜』というイベントです。地域のみなさんと共に、その地域で新しい取り組みを行うという活動は、組織として初めての試みばかりでした。

私たち東京社会イノベーション協創センタは2019年3月に東京・赤坂からここ、国分寺の中央研究所に引っ越してきたんです。同時に、所内にオープンイノベーションの拠点となる「協創の森」および「協創棟」がつくられました。オープンという言葉には多様なステークホルダーと共に取り組むという意味がありますが、その拠点に一番近い国分寺のみなさんにも「オープンである」「ひらかれている」というイメージを持ってもらうには、どんな取り組みができるのだろうかと考えました。

「こくベジ」というのは国分寺市内の農家が販売を目的として生産した農畜産物の愛称で、「こくベジプロジェクト」は2015年に国分寺市による地方創生先行型事業の一環として企画されたもの。農家さんだけでなく地域の多様な方々と共に地産地消を促進しようという目的を持ちます。『つれてって、たべる。わたしの野菜』は、駅の会場で野菜を選び、自分でレストランへ運び、運んだ野菜を調理してもらっておいしくいただくというスポット型の体験型イベントで、市民の参画をより強めようという狙いがありました。日立のメンバーは、アプリケーションをはじめ、ポスターや野菜を持ち運ぶパッケージなどをこくベジプロジェクトのみなさんと一緒につくりました。

『つれてって、たべる。わたしの野菜』の様子

金田さんフューチャー・リビング・ラボの活動には、ほかにも神奈川県三浦地域での「Hi Miura Project」があります。野菜の無人直売所に農家さんへのメッセージが書かれた40個ほどのふきだし型の置物を用意し、お客さんはそのなかから3つを選んで決済端末に置くと、「また来てくれるの待ってます! 4円まけとくよ」など、農家さんからのメッセージが表示されます。無人直売所にもかかわらず、農家さんが思っていることを知ったうえで野菜を買えることに価値があるのではないかという仮説に挑戦しました。

金田さんHi Miura Projectを3年間続けてきてわかったのは、街が変わっていくためにはいくつかの種類の“関与”が必要だということ。それは、こちらで紹介した地域への想いを持った人の思いをまわりに表出させていく関与や、偶然に街を通りがかったような人同士がゆるくやりとりできる広く薄い関与の可能性です。それらを促進していくことで、接点がない市民同士がお互いを感じられたり、物理的にはしていないけどお互いあいさつをしているような空気を街に生み出すことができるかもしれない。日立のような企業は、これからはそういう地域の関与のベースとなるようなものにしっかりと向き合っていく必要があると思っています。

Q.活動を通じて感じたリビングラボの可能性とは?

酒井双方の取り組みでまず共通しているのが、自治体・市民・企業という組み合わせであることですよね。そのうえで、自分の自治体や企業だけが潤っていればいいという狭い視点ではなく、広い視点で地域課題ときちんと向き合い、できることを持ち寄って課題解決を図ろうとされていると感じました。リビングラボを運営して感じた可能性や課題感はありますか?

日野市 中平健二朗さん(以下「中平さん」)いろんな企業さんから「この地域の課題はなんですか?」と聞かれるのですが、市役所は高齢者の課題なら高齢福祉課、健康に関する課題なら健康課といったように、担当部署で分かれた形でしか課題意識を持っていないんです。でも現場に行ってみると、さまざまな課題が複層していることがわかる。“虫の目と鳥の目”ではないですが、大きな視点から見たり、現場にフォーカスした小さな視点から見たりすることが行政には不足しているのではないかと思います。

一方で、課題を求めて迷子になってしまっている企業さんも非常に多くいらっしゃいます。リビングラボには俯瞰したり課題を構造化して眺める機会があるので、行政や企業が把握していない、住民も気づいていない課題が対話のなかで見つかるんですよね。これはすごく価値のあることだし、なおかつ企業さんとの新しい接点、関係性を結ぶという点では、これからの新しい地域の在り方なのではないかと思います。

酒井金田さん、企業側から見たリビングラボの可能性についてはいかがですか?

金田さん鈴木さんや中平さんのお話ですごく共感するのが、地域を構造として捉えることがこれから必要になるというところです。リビングラボでは、市民と自治体と企業、それぞれのメリットや思いが異なることをお互いに理解しないとうまくいきません。「地域を構造として見るとこういうことが言えて、そのなかで自分たちができることはこれ。それは地域にこんな影響を与えるから意味がある」ということを伝えられるようになりたいと思っています。

酒井“構造として捉える”のはおもしろいですね。従来のゲスト/ホスト、あるいは受注/発注の関係性を取り払い、フラットに対話することで新たな“構造”が見えてきたことが、リビングラボの可能性なのかなと思います。

Q.いかにして目標や指標を立て、成果を測っていますか?

鈴木さんリビングラボにおいては、企業さんも自治体も、KPIを設定するのはすごく難しいと思います。目標とするKPIは異なっていて、ただ、方向性は一緒なのではないでしょうか。成熟化社会に向けて、地域の新しい関係性をつくっていくためのひとつの方法論がリビングラボであり、我々自治体の目標は、ソーシャルキャピタルを高めること、あるいは市民の能動性を高めていくこと。その成果をどう測るかはすごく難しいのですが、いろんな人が能動的に関わりながら、どうしたらもっとみんながウェルビーイングに向かえるかを話し合い、そのなかで新しい知を生み出していくことがリビングラボの目的なんだと思います。日立さんは、目標や指標をどのように設定していますか?

金田さんHi Miura Projectの活動で最も苦労したのは、まさにそこです。企業として私たちがこの活動を継続していくうえでKPIを求められたときに、なかなかよい指標が見つけることができなかったという反省点があります。市民が地域に参画する新しい仕組みを考えている、というのが目的にはなりますが、大きな目的すぎて地域の方と活動するなかではなかなかリアリティが持てません。そこで、もともとサービスの受け手だったはずが、気づけば送る側の役割を担っていたというような、関係性のシフトが言えるといいなと考えるようになりました。

もうひとつは「関与人口」の変化です。定住人口、関係人口の手前に関与人口という、地域に住んだり通ったりするだけではない関係もあるのではないかと考え、Hi Miura Projectでは地域に関与する人が増えていくといいなと。これらの挑戦を、地域の方や社内に対して伝え続けていますが、どう伝えるのがいいのかいつも悩みながら進めています。

酒井社内の説得と外への見せ方って、すごく難しいですよね。

金田さんたぶん、市民の方からすると、企業に対して「一時的に入ってこられても……」というような懸念があると思うんです。ですから、こういう活動をするのであれば、継続もしくは卒業要件を明示できるようにすることが大切。そのためにどう説明をつけていくかが重要になります。

Q.多摩エリアへと視野を広げると見えてくるものは?

酒井ここからは少し視野を広げて、多摩エリア全体のお話を。日野市さんは、行政区分を超えた多摩エリアのなかで共通課題やビジョンを掲げていくことで、どんなふうに可能性が広がっていくと考えますか?

鈴木さん正直、日野市は大きな商業施設や魅力的な施設が特別充実しているわけではありません。でもそもそも、ひとつの街のなかにあらゆるものがある必要はないと思うんですよね。それよりも、自分の地域を見直すことが豊かさとかにつながる。リビングラボなどを通じて、そこを変えうる価値が実は行政側にもあることを、まずは行政自身が認識しないといけないですね。

金田さん私も鈴木さんと近い感覚を持っているかもしれません。どこの自治体も盛り上がっていなくてはいけないわけではなく、小さくコンパクトになっていくことこそが正解であるケースもあると思います。市民が街の特色を強みだと理解して暮らしていくようにするためには、やっぱり広い視点が持てるようになると、どの自治体も同じ目標に向かってしまうようなことが防げると思います。

田中さん地域課題ってなんだろう?と考えすぎると、たぶん同質化してしまいますよね。さまざまな地域の方がそれぞれ「それ、うちの街が得意だよ」とか「じゃあこの強みをもっと伸ばしていくよ」というように、弱みを強みに変えていくのではなく、すでに持っている強みを伸ばすほうがいいのかもしれません。

鈴木さん地域課題はなんですかと聞かれると、どうしてもネガティブな考え方になってしまいます。だから地域のアビリティを見ていくっていうのはすごく大事かもしれないですね。これから我々が目指したいウェルビーイングには、住民の方も能動的になることが必要で、リビングラボはその最たるものだと思います。課題だけ見ていると足もとをすくわれてしまうこともあるので、リビングラボを住民の人たちと一緒につくっていくことが大事だと思います。

中平さん個人的には、リビングラボは日野市だけでやってもしょうがないと思っています。リビングラボは新しい社会の関係性の再構築であって、たとえばポストベッドタウンというテーマで見ると、日野市だけではなく多摩地域はおおむねベッドタウンであり、共通しうる課題です。視点や取り組みというものは簡単には理解されないものですが、認知を少しずつ広げていかないといけない。リビングラボ的様式というか、行動規範みたいなものをもっと広げていかないといけません。

それは企業さんにも当てはまると思います。これから世の中の雇用が流動化していくと言われているなかで、特定の企業さんだけがリビングラボをやっているとその企業の人の認知によってしまいます。そうではなく、社会全体的に新しい価値共創の概念をつくっていかなきゃいけないと思います。そのために、我々行政としてもいろんな企業やほかの自治体と話し合い、共感を得ていきたいですね。