ウェルビーイングについて考える、生活者主導のリビングラボ

日野市による「地域×行政」の問いを抽出するための会議をリポート。日野市の2名と多摩未来協創会議ディレクターの酒井博基が日立製作所 研究開発グループとの「Dialog」を振り返りながら議論し、2022年3月16日(水)のミートアップ会議に向けたテーマを設定します。

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  • 中平健二朗(企画部 企画経営課)
  • 鈴木賢史(企画部 企画経営課)
  • 酒井博基(多摩未来協創会議ディレクター/D-LAND 代表)

大きく変化する社会に対して事業の在り方を変えていく ― 日立製作所 研究開発グループとの「Dialog」を振り返って

酒井博基(以下「酒井」)前回のDialogでは、どのようなことが印象に残りましたか?

鈴木賢史さん(以下「鈴木さん」)まず、日立さんは練りに練られた戦略のもとにリビングラボを運営しているものと思っていたのですが、迷いながら取り組んでいることがわかってすごく意外でした。ただ、方向性は見出していらっしゃるのだろうなと。行政よりもかっちりとしたアウトプットを求められる民間企業で、実験的なことにきちんと取り組めていることが率直にすごいと感じました。

中平健二朗さん(以下「中平さん」)日立さんの「Future Living Lab(フューチャー・リビング・ラボ)」は営利目的でもなく、新しいビジネルモデルでもなくて。多くの企業の役員会議だったら「これがどう事業につながるんだ」「どうやって儲けるんだ」と言われてしまうところが、そうなっていないんですよね。おそらく社会の大きな変化のなかで身につまされた危機感や逼迫感があって、事業の在り方を変えていかなければならないという思いをしっかり持っていらっしゃるんだなと感じました。

これまで事業というものは、少しずつ変化する社会に対して小さく対応するような形でしたが、大きく変化しているいまの社会では、事業の在り方や考え方、仕組み自体を変えていく必要があるという問題意識をお持ちなんだと思います。それは我々も同じで、もはや表面化してきた地域課題を小手先で解決すればなんとかなる社会ではありません。だからこれまでの評価軸を変えていくべきですし、世の中の潮流をどう捉えていくかが求められています。その方法論を模索していることが、我々と日立さんの共通点だと感じました。おそらくそれは定型的なものではなくて、現場で見出し続けるもの。我々が「日野リビングラボ」に、日立さんがフューチャー・リビング・ラボに求めているものではないかと思います。

属人的にならず、イノベーションを持続すること ― 日野市の課題意識

酒井Dialogを通して感じた課題はありますか?

中平さんDialogでも話題にあがりましたが、リビングラボを運営するうえで大切なもののひとつは継続性ですよね。継続するためになにが必要か、あらためて考える必要があると感じました。

酒井継続するための適切な評価基準を設けるのが難しいというお話でしたね。先ほど中平さんは、方法論は現場のなかで見出していくとおっしゃっていましたが、一定の周期で異動がある行政や企業は属人化のジレンマを抱えていると思います。日野市ではどう対処しているのですか?

鈴木さん先日とある民間企業さんと話をした際「最近、新しい社員が定着しない」という話題があがりました。そもそも、ひとつの組織に定年まで勤め上げる社会モデルではなくなっているんですよね。だからそこを求めるとおかしなことになる。一方で、イノベーション活動などあらゆる面で人材育成が大事だと言われています。人を育てるのは企業力を上げるために当然だと思っていたのですが、最近は、もしかしたら目的を少し違うところに置くべきなのかもしれないと考えています。

たとえば、素晴らしい技術やノウハウを持っている人ほど雇用的には流動しやすく、人材育成をしても属人的なものになってしまって無駄じゃないかと思われるかもしれません。でも、そこで生まれた共通知を財産として示すことで、そういう人たちが集まってくるようにすることが求められるのではないでしょうか。属人的な形では継続的なイノベーションは難しいので、社会全体で知識レベルを上げていかないといけない。社会にある種の新しい思考様式を普及させていきつつ、そういう人たちが共感しやすい組織や活動をつくっていくことが、これからイノベーションには必要なのかもしれません。

中平さんきっとこれからは、人間力と社会力の高い人が求められていきますよね。そういう人たちが集まってくる組織、あるいは共感されるような取り組みをつくることでイノベーションは生まれていくので、ひとつの企業が人を囲い込み、特定のノウハウを使ってイノベーションを起こすなんてことはおそらくありません。我々は、社会全体のイノベーションというものはつながりをつくる力、変化をする力だと思っていますし、イノベーション力の高い人を育てられる土壌をつくっていけると考えています。

酒井リビングラボを通して、人間力と社会力が高い人たちが活躍できるフィールドをつくっていくということでしょうか?

中平さんそうですね。たとえばプロボノも、素晴らしい課題解決能力で地域の課題を解決することがメインの目的ではなく、人間力や社会力を上げていくための取り組みであり、リビングラボは彼らのノウハウがどのような意味をなすのかを学ぶ場でもあると思います。課題を持っている住民の方と対話することで新しい課題解決力が生まれる。だから企業もプロボノに人を出すんだと思うんです。

鈴木さん一方で、日立さんでいう“関与人口”にカウントされるような、コアではない人たちのいろんな関わり方があってもいいですよね。そういう人たちの簡単な意志の表明で外側から少しずつ変わっていくこともあると思います。多摩地域には、もしかしたらそれが必要なのかもしれません。日野市の定住人口は約18万7000人ですが、関係人口と関与人口を含めると30万〜40万人いるんじゃないかなと。多摩地域のほかの自治体も同じような状況だと思うので、多摩地域全体に視野を広げて考えると効果的な方法が見つかりそうです。

いち生活者として参加し、共通の価値を見出す場 ― 次回「Meetup」に向けて

中平さんリビングラボの効果はコミュニケーションや情報量が増えることです。これまでつながってきたことのない方々がコミュニケーションをとることによって、情報量は圧倒的に増えていく。先が見えない世の中では、いかに情報を俯瞰的に見るか、あるいはどう洞察に使っていくかがポイントになってくると思います。それによって、未来に対する方向性を予見することができるのではないでしょうか。

リビングラボの可能性としてすごく感じているのは、これまでつながってこなかった人たちがひとつの目標のもとに集って対話をすることで、なにかしら共通の価値を見出せるのではないかということです。テーマは「暮らしのなかの悩みを聞いてほしい」「こういうことに関心があるから、ほかの人の意見も聞いてみたい」など、なんでもいいのかなと。ただし共通項は必要であって、それはやはり“ウェルビーイング”だと思います。

酒井お話を聞いていて、ミートアップでは「生活者主導のリビングラボの可能性」について話し合うのもよいかと思いました。企業に勤めている人も会社の肩書きを一旦おろし、生活者として参加いただく形です。生活者個人が主役になって、地域に働きかけていくきっかけをつくる。そのときにどういうリビングラボのやり方があるかを話し合えるとおもしろそうです。

中平さん企業で働いている自分ももちろん自分ですが、会社での肩書きを名乗った瞬間に、どうしても生活者視点を忘れてしまうんですよね。私でいえば八王子市民、中学生の父親、公務員など、会社の肩書きではない自分の“属性”をいくつか持って集まれたら。

鈴木さんリビングラボへの参加を通して、最初は属性が2つしかなかった人が3つに増えたりしたら、それはそれですごい変化ですよね。

酒井そうですね。共通項となるウェルビーイングにはいろんな要素がありますが、自分の属性を増やしたり、地域に知り合いをつくったり、コミュニティのなかで役割を持つこともそのひとつになりそうです。

中平さんウェルビーイングはさまざまな言葉で表現されますが、要するに「自分にとってなんとなくいい状態が継続できること」だと思います。そのためには、誰かに幸せを提供してもらうのではなく、能動性が必要です。だからミートアップでテーマにする「生活者主導のリビングラボ」は、自分でウェルビーイングをつくるためにはどうしたらいいかを考える場と設定してもいいのではないかと。どうしたら課題を解決できるかを一緒に考え、市民はこうしていこう、企業はこういうサービスを考えよう、自治体はこういうふうに対応していこう、と共有できる場が理想的なのではないでしょうか。