第9回 多摩エリアの公的研究機関

多摩エリアを車や電車で走っていると、これは学校だろうか? 公園だろうか? と思うような場所にであうことがある。立派な生け垣から、無機質な白い建物がのぞき見え、時にオシャレな洋風の建物が建っていることもある。これが今回特集する公的研究機関である。オールジャパンの研究を行い、世界に発信している研究機関も少なくない。地域と関わりを持つ必要は特になく、研究の特殊性からもあえて壁を作り、極秘に進めていることも多いはず。今回特集するに当たり、多摩エリアにある「公的研究所一覧表」を探したが見つけることができなかった。担当の学生は、いくつもの省庁に問い合わせを行いながら、情報を整理していった。

監修:多摩大学経営情報学部教授 長島剛

1.全分野を学べる多摩エリアの研究所

多摩エリアには国直轄の研究機関や大学と共同で研究を行なっている施設など、様々な研究所が集まっています。日本語の成り立ちや語彙などを研究する文系の研究機関から、極地の観測をおこなう理系の研究機関までを幅広く網羅している多摩エリアの研究機関について詳しく見ていきたいと思います。

一括に研究所といっても何種類かに分けることができます。例えば、国直轄の試験研究機関は、国が直接実施する必要がある試験や調査、研究などを行う行政の機関です。立川市にある「自治大学校」は地方自治体の職員に対する高度な研修を行っていますが、同時に地方自治の制度や運営に関する調査研究を行う総務省の研究センターでもあります。また、現在まさに火急の問題である新型コロナウイルス感染症の検査や研究を進めている「国立感染症研究所」は、武蔵村山市に庁舎を構える厚生労働省の研究所です。

表:多摩エリアの公的研究所一覧

また、独立行政法人は、国民向けのサービスの提供を通じて、公共利益の増進を目的とする「中期目標管理法人」、中長期的に科学技術を駆使し研究を行う「国立研究開発法人」、国の行政事務と関連した事業等を、年度ごとの目標や計画に基づいて執行する「行政執行法人」の3つに分類され、日本標準時を決定・維持・供給する機関である「国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)」や、労災の予防や過労死・職業性疾病などに関する調査・研究を行っている「独立行政法人 労働安全衛生総合研究所」などがこれにあたります。

さらに大学共同利用開発法人は、個々の大学では維持が難しい大きな設備や、大学間での共有に意義のある情報などが集約した、研究におけるネットワークの中心的役割を持つ組織です。世界最先端の観測施設で天文学の研究と天文観測機器の開発を行っている「国立天文台」、国内の統計研究の中核的役割を担ってきた「統計数理研究所」などがこれに含まれます。

多摩エリアではこうした研究所の多くが、特に立川市や三鷹市、小平市周辺に集中しています。立川市には、南極や北極など極域での観測を基盤に様々な科学的観点から総合研究を進める「国立極地研究所」や統計数理研究所、自治大学校などの研究施設があります。立川市は大正時代より飛行場がつくられ、戦時中には数多くの軍事施設が建ちました。飛行場は戦後、米軍基地として使われ、「基地の街」とも呼ばれていました。また三鷹も立川と同じく飛行場の建設や航空研究所の開設など、軍需関連の企業や施設が密集していました。そして小平市周辺も同じく、陸軍経理学校や東部国民勤労訓練所など、戦争関連のものが置かれていました。多くの軍事施設があった地域に、現在、国の研究機関が存在しています。これらの研究所は今、どのような形で地域と関わりを持ち活動をしているのでしょうか。

2.国立天文台の地域との関わり方

公的研究機関は研究内容の専門性の高さや国家レベルの研究をする機関であることから、地域に対してのアプローチが難しく、一般市民との関わりが少ないのではないかと推測できます。そもそも公的研究機関がどのような存在なのかということもはっきりせず、ましてや、地域の活性化には結びつかず、多摩エリアに公的研究機関が集積しているという魅力が薄れてしまっているのではないか、ということもイメージできません。

これらの公的研究機関に対する様々な疑問について、三鷹市にある「大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 国立天文台」の普及室室長である縣秀彦氏にお話を伺うことができました。

まず、公的研究機関の役割は大きく「知的好奇心を生む、文化的活動の促進に寄与する、何百年後の技術のための基礎研究」の3つであるというお話をしていただきました。そのため、技術発展のために欠かせない機関であること、そして人の心のよりどころとなれる機関であり、とても重要な役割を担っているということがわかりました。

国立天文台 第一赤道儀室(三鷹市)(写真:国立天文台提供)

国立天文台はもともと東京大学の研究機関「東京天文台」として麻布区板倉町(1888年設立当時)にあり、名古屋大学空電研究所の一部と合併し「国立天文台」となったのち、1924年に現在の三鷹市へと移転しました。天文学を研究する上で、暗い場所が良いという理由から移転したそうです。移転当時は地域に対して何かを還元しようという思いは持っておらず、研究に集中していたということでした。

しかし、現在の国立天文台では、地域と協働し様々な企画を行っています。三鷹市全体を太陽系に見立て、商店や公共施設を回りながらスタンプラリーを行う「みたか太陽系ウォーク」は年に一度開催され、2020年に11回目を迎えました。2016年から新たに始まった「星マルシェ」では、三鷹駅南口の中央通りをメイン会場に、縁日や実験ショーを行うなど、様々な年齢層にアプローチする数多くの取り組みを行っています。では、いつ、どのようなきっかけで地域に対してのアプローチを始めるようになったのでしょうか。

「みたか太陽系ウォーク」での惑星工作ワークショップの様子(写真:三鷹ネットワーク大学提供)

地域に対しての取り組みを始めたきっかけは1999年にありました。同年に「すばる望遠鏡」という製品が生まれ、天文学を研究する国立天文台での運用が始まりました。その後、2004年(平成16年)4月1日より法人化し大学共同利用機関法人となった国立天文台は、すばる望遠鏡の導入とこの転身をきっかけに、地域に対して「何か」を提供するというビジョンが生まれ、地域への活動が始まりました。

国立天文台が地域に提供できる「何か」とは何だったのでしょうか。それは「教育」です。三鷹市のマーケティング調査によると、三鷹市民が学びたい内容として「健康」「語学」に続いて「星や宇宙」がランクインしており、国立天文台が提供できる教育へのニーズがあることがわかりました。1999年頃から三鷹市の教育委員会から講座や公演の依頼を受け、その後、2004年には三鷹市が地域の大学や研究所と連携し立ち上げた学びの拠点「三鷹ネットワーク大学」でも講座を担当。こうして、「教育」という方法で地域市民や企業と関わりを持ち、地域への貢献を増やしていきました。

このように、地域に対して様々な取り組みを行っている国立天文台ですが、公的研究機関すべてが地域に対してのアプローチを積極的に行っているのでしょうか。縣室長によると、公的研究機関は「サイエンス・コミュニケーション」が重要という考えを持っているとのこと(※サイエンス・コミュニケーションとは専門家ではない方へ専門的なトピックを伝えること)。そのため、研究以外の外部との関わりについての部署を置くところが多く、地域に対して何かを行おうという気持ちはあるのではないかとおっしゃっていました。

しかし一方で、研究内容の機密性が高い研究機関や、専門性が高く市民が馴染めないような研究を行っている研究機関も多くあるのではないかと考えられます。そのため上手に地域への還元ができない、というジレンマを持っている公的研究機関は多いのではないでしょうか。こうした推測をもとに、国立天文台に続いて、小金井市にある「国立研究開発法人 情報通信研究機構(NICT)」へインタビューを行いました。

3.日本の時を決めている多摩エリアの公的研究機関

小金井市に本部を構える「国立研究開発法人 情報通信研究機構(※以下「NICT」)」では、ICT分野を中心として様々な研究・開発が行われています。NICTが多摩エリアに所在する理由や地域との関わりについて、NICTの広報部の小出孝治氏、田中健二氏、庄野志保氏、経営企画部の橋本安弘氏にお話を伺いました。

NICTの前身は、「逓信省電気試験所」「文部省電波物理研究所」など複数の機関ですが、このうち、電離層観測・電波伝搬の研究を行っていた「電波物理研究所」が、淀橋区(現・新宿区)から1943年(昭和18年)に北多摩郡小平村(現・小平市)に移転しました。この移転は、第二次世界大戦での空襲から逃れるためであったそうです。その後、小平村→世田谷区上野毛→北多摩郡小金井町(1945年(昭和20年))と移転し、現在に至ります。都心や他県から移動してきた研究機関が他にもあるのではないでしょうか。NICTでも、当時「逓信省電気試験所」の後身の「電気通信省電波庁」の標準電波を送信する拠点が千葉市内に所在していましたが、日本標準時を決定する東京天文台(現・国立天文台)のある三鷹市の近くに設けるため、小金井市(1949年(昭和24年))へ移転したのだということです。

NICTの研究の中でも代表的なものの一つが、日本標準時です。日本の標準時は兵庫県の明石市というイメージが持たれることが多いですが、これは世界の標準時の中核であるグリニッジから135度の場所に明石市があり、かつては日本の標準時の基準とされていたためです。しかし現在では、原子時計を用い、小金井市のNICTで生成されています。そのため、NICT本部と武蔵小金井駅にあるデジタル時計は、通常の時計とは少し違う仕組みがあると教えていただきました。通常、時計の秒針表示は0秒から59秒までですが、小金井市にあるこの2つの時計は、時刻のずれなどを修正する為に1秒追加し、「60秒」まで表示されることがあるそうです。「うるう秒」と呼ばれるこの表示が見られる時計は日本で10台もなく、その中の2台が小金井市にあるということです。また、昨年末には菅総理大臣がNICTを訪問し、Beyond5G、多言語翻訳などを始めとした最先端技術を視察されました。今後、国としてICT分野をどれだけ強められるかが重要になってくると思います。

2017年1月1日のうるう秒の瞬間(小金井市)(写真:情報通信研究機構提供)

こうした時代の最先端の研究を行うNICTですが、地元である多摩エリアや他の公的研究機関との関わりはあるのでしょうか。お話を伺ったところ、国立天文台との包括協定を締結、宇宙航空研究開発機構(JAXA)との共同研究など、他の公的研究機関との関わりがありました。また、地域については、西東京市の多摩六都科学館や小金井市で開催される「青少年のための科学の祭典」にて、青少年向けの研究紹介の出展や6月に開催されるオープンハウス(研究公開)など、地域一般市民に向けた取り組みを行っていることがわかりました。しかし、2020年は新型コロナウイルスの影響によってオンラインでのコンテンツ提供という手法になり、地域市民と直接に触れあえる機会が減ってしまいました。一方で民間の企業との共同研究などについては、研究分野や研究内容によって地域に限定せず行っており、ニッチトップ企業の集積する多摩エリアにおいては、共同研究という側面での可能性がこの先出てくるのではないでしょうか。

このようなことから、研究機関は外部出展などを通じて地域と関わることはできますが、研究面で地域と関わりを持つことのハードルの高さを感じました。それでも、地元のニッチトップ企業などと共同研究等する事例が増えれば、それは一つの地域貢献になるはずであり、地域が持つ企業の情報を共有することが、地域と研究所が関わりを持つための糸口となるのではないかと考えます。

今回お話を伺った国立天文台やNICTは、それぞれ天文学、ICTの分野で、今後の日本の発展に大きく貢献していくと思います。さらに多摩エリアの企業と連携などが起こるようになれば、地域の研究所と企業が研究・開発を通じて社会に影響を与える存在となるのではないでしょうか。

次回の「地域×企業→未来」では、民間の研究機関も含め、さらに地域と研究機関の関わりについて考えていきます。

多摩大学ながしまゼミ2年
佐々口珠莉・石川光一・月本崇喜

※参考文献
1.インターネット