第12回 多摩エリアのフルーツ

身近でフルーツ狩りが楽しめる多摩エリア。春はイチゴ、夏はブルーベリー、秋はブドウ、ナシ、キウイフルーツ、冬はミカンなど、季節ごとに楽しめます。最近ではパッションフルーツやレモンなど新しいフルーツも生産されています。これらひとつひとつの物語にふれることで、地域との関わりが見えてきます。今回は、3つの現場に足を運び、郊外ならではのフルーツ生産と地域の関わりを紐解いてみました。

監修:多摩大学経営情報学部教授 長島剛

1.多摩エリアのフルーツ事情

多摩エリアを含む東京都では、都市化の影響により農地面積減少を余儀なくされながらも、新鮮且つ安全な農産物が生産されています。また、私たちの身近に存在する農地は、豊かで潤いのある環境を地域の人々に提供しています。

出所:東京都産業労働局農林水産部「東京都農作物生産状況調査結果報告書(令和元年産)」

東京都の農業産出額のうち、多摩エリアは74.6%を占めており、東京都の農業のほとんどが多摩エリア産の農産物だということが分かります(令和元年調べ)。多摩エリアは、東京都の農業に大きく貢献しているのです。

今回、私たちは多摩エリアで生産される農産物の中でも、「フルーツ」に着目し、多摩エリアのフルーツ産業がどのような未来へと向かうのか、その可能性を考察しました。

多摩エリアのフルーツ栽培は、農産物全体の中でさらに農地面積が限られ、生産量も他の地方農地に比べると少ないことは想像に難くありません。実際、多摩エリア産のフルーツは、全国的に流通しているものも一部ありますが、地元で地産地消されているケースがほとんどのようです。また多摩エリアでは、地域ごとに特色あるフルーツが生産され、特産品として地域のPRにもよく利用されています。「稲城の梨」や「高尾ブドウ」に代表されるように、地域と深く結びついたフルーツがいくつもあります。

本稿では東京都のフルーツで全国シェアの高い、「パッションフルーツ」と「ブルーベリー」、そして観光スポットとしての役割を果たしている「武蔵村山の温州みかん」をピックアップし取材しました。

2.八王子の「特産」パッションフルーツ

八王子市は、農産物栽培面積および農作物生産金額において東京都内でNo.1を誇ります。しかし、「稲城の梨」のような目立つ名産品が無いということが長らく課題となっていました。そこで、2007年から市内で生産が開始されたパッションフルーツを八王子市の名産とすることを目標に、JA八王子と八王子商工会議所が、生産組合の設立準備組織として「八王子パッションフルーツ研究会」を始動。これが母体となり、2013年に「八王子パッションフルーツ生産組合」が設立されました。現在、八王子市では13名の若手農家がパッションフルーツの栽培をし、組合としてパッションフルーツの知名度アップのために、様々な取り組みを行っています。

八王子のパッションフルーツの普及の取り組みとしては、道の駅八王子滝山での試食即売会の開催や、マスコミを通した八王子産パッションフルーツの普及活動などがあります。さらに、八王子パッションフルーツ生産組合のほか、地域の和洋菓子店や飲食店などが連携し、「八王子パッションフルーツプロジェクト」を立ち上げ、パッションフルーツを八王子の特産品にするべく商品開発を進めています。

現在、八王子産パッションフルーツを加工した商品は、果汁25%のジュースやゼリー、ジャムのほか、パッションフルーツならではの甘酸っぱさと香りを楽しめるものが多数あり、チーズや生クリームとの相性の良さからスイーツとして提供されることも多いようです。また、果肉をふんだんに使用したワインも販売されています。

このように、八王子市ではJAと商工会議所をはじめ、地域全体でパッションフルーツを特産品にしようとする活動が継続しています。東京都のパッションフルーツは全国シェアも高く、鹿児島、沖縄に次ぐ国内第3位の収穫量に達しています(2018年農林水産省統計より)。小笠原や伊豆諸島に次いで、いずれ「パッションフルーツといえば八王子」と呼ばれることになるかもしれません。

3.小平の「ブランド」ブルーベリー

市内におよそ200軒もの農産物直売所がある小平市では、市をあげてブルーベリーをはじめとした農産物のブランディング化を推進しています。中でもブルーベリーは、長い歴史と質の高さによって、「小平といえばブルーベリー」というイメージが定着しています。

小平の地にブルーベリーが現れたのは1968年。東京農工大学の故・岩垣駛夫(はやお)教授が、アメリカから日本の気候に適したブルーベリーを取り寄せ、その生産地として小平市が選ばれました。ここから、日本でも農産物としてのブルーベリー栽培が始まったそうです。小平市はブルーベリー栽培発祥の地となり、市内では多くの農家がブルーベリー栽培を行っています。

小平市地域振興部産業振興課、農業振興担当の水越係長(左)にお話をうかがいました

ブルーベリーの加工品といえばジャムが広く知られていますが、小平市地域振興部産業振興課の農業振興担当水越華子係長のお話によると、市内ではケーキやアイスなどの洋菓子や、どら焼き・大福などの和菓子、またジュースやスムージー、ワインやビールなど様々なものに加工され、市内の商店などで販売されています。

ブルーベリーを加工して生まれるクッキーやジャム、ビールなどの様々な特産品

洋菓子への加工については、小平市内の洋菓子店が組合を結成しており、「夢ちゃん」「果夢果夢(かむかむ)」をはじめとした20種近くのブルーベリーを用いたお菓子が製造されています。

また、山崎製パンの「ランチパック」やモスバーガーの「モスシェイク」のフレイバーにも小平産のブルーベリーが採用されるなど、安定した品質が知名度の高さにつながっています。直売所も多く、小平市には正に数え切れない程の農産物の直売所が存在しています。その中の多くがブルーベリーを販売しており、7月~9月中旬にはブルーベリーの生果が直売所に並びます。

小平のブルーベリーは国内での知名度も高く、地域と生産者、そして企業が一体となり、多方面からフルーツの魅力にアプローチしています。多摩エリアのフルーツのブランディングにおいてはモデルケースといえるでしょう。

4.武蔵村山の「観光」温州みかん

武蔵村山市は多摩エリア北部のほぼ中央に位置し、北は狭山丘陵をはさんで埼玉県所沢市に隣接しています。武蔵村山市では、この狭山丘陵の南斜面の「日当たりが良く、水はけも良い」という特性を活かし、神奈川県や千葉県が生産可能な産地としての北限と考えられていた「温州みかん」の栽培が行われています。

今回おうかがいした下田みかん園の下田智道様曰く、武蔵村山のみかんの自慢は酸味と甘みのバランスの織り成すみかん本来の味。「みかん味」と呼ばれる絶妙な甘さと酸味は、武蔵村山の土壌と気候だからこそのバランスであり、「他の地域のみかんには戻れない」というリピーターもいるそうです。

険しい傾斜が特徴の下田みかん園

武蔵村山のみかん農家は、主な収益をみかん狩りから得ており、栽培されるみかんはほとんどがみかん狩りに用いられるそうです。生産農家は「JA東京みどり村山地区果実生産部みかん班」として、地場産みかんの魅力を伝えるため、価格の統一化や共同でのパンフレット作成など、武蔵村山のみかん狩りの観光産業化に一丸となって取り組んでいます。

みかん狩りの客層は主に近隣地域や都心からの家族連れが多く、地元の幼稚園なども遠足でみかん狩りに訪れるということです。昨シーズン(2020年)には、コロナ禍で他地域への移動が制限される中、東京でみかん狩りのできる観光スポットとして魅力が再発見され、都内からの観光客で賑わいを見せました。下田みかん園の下田智道さんのお話から、観光資源としての地域に根差したフルーツ、そして多摩エリアの農家だからこそ成り立つ、マイクロツーリズムの担い手としての可能性を知ることができました。

お話をうかがった下田みかん園の下田智道さん(左)とスーツ姿?の久嶋

下田みかん園は武蔵村山の街並みを一望できる景観が特徴

5.多摩エリアのフルーツのこれから

今回取材にうかがったJA東京中央会、小平市、下田みかん園から、多摩エリアにおいてフルーツは、まちを象徴するブランドとなり得ることがわかりました。方向性の違いこそあれど、それぞれの地域でブランディングされ、商品化・観光資源化されるなど、様々な形で地域の発展に貢献しています。コロナウイルスの感染拡大の影響もあり、より地域と密接な関係を築けたことで、新たな商機が創造されているという気付きもありました。

地域においてフルーツのできることは、「新たに地域の魅力を創造する」ことであり、摘み取りや直売に加え、多種多様な加工品の生産や、そこでしかできないオリジナルの体験を提供することで、多摩エリアのフルーツを通して地域の更なる発展が見込めるのではないかと感じました。

多摩の農業は決して大規模なものではなく、比較的ニッチなジャンルであることは確かです。しかし、だからこそ地域に密着したフルーツ栽培をし、そこに根付いたフルーツに親しみと愛着をもって産業の推進をすることができるのではないでしょうか。

多摩大学ながしまゼミ2年
久嶋佑音・佐藤梨々華・長谷川達也

※参考文献
1.インターネット