第11回 多摩エリアのフリーペーパー

秋学期になり、今回から新しいメンバーがコラムを担当します。今学期は学生がテーマを決めることにしました。地域ということをほとんど意識したことのない学生たちにとっては未知の世界です。予想通り、「多摩エリアって何もないよね」「どこからどこまでが多摩エリアっていうの」などからスタート。ネット検索やグループワークを重ねながら少しずつ地域を理解し始めます。まずは地域情報誌を調べるために図書館に行き、多摩エリアの本棚を漁る中でまちと人をテーマにした雑誌『たまら・び』を見つけ、すぐにけやき出版の小崎社長にインタビュー。最大の課題であったSNSと地域情報誌の違いを伺いました。多摩エリアにはたくさんの地域情報を扱う企業があることを知り、そこには「読者との信頼感・安心感」があることに気がついた学生たち。編集者の想いや地域愛(シビックプライド)がポイントだと感じたようです。紆余曲折を経て、初回のコラムテーマは、実は自分たちの身の回りにも溢れていた地域情報を扱う「フリーペーパー」となりました。

監修:多摩大学経営情報学部教授 長島剛

多摩エリアのフリーペーパー

デジタル移行が著しく進むネット全盛時代である今日では、地域の情報を得る手段は多く存在します。インターネットの口コミやSNSといったネット上で検索できるものもあれば、ガイドブックやフリーペーパーなどの紙媒体も存在します。しかし私たち学生は情報収集にはネットを利用することが多く、地域の雑誌やフリーペーパーを知らない・意識したことがないなどの意見もありました。それでも意識してみると、大学内や通学に使う駅、街中など、意外とフリーペーパーは身の回りにたくさんありました。そこで今回は「地域の情報を継続発刊している無料誌(フリーペーパー)」に焦点を絞り、私たち学生には一見衰退しているようにも感じられるこの業界がなぜここまで継続しているのか、それらが地域にもたらすものや、多摩エリアのフリーペーパーの魅力について調査しました。

表1は多摩エリアの地域情報を扱う無料配布の紙媒体のうち、1年以上継続し年3回以上発行されている、広く一般に向けたフリーペーパーの一覧です。かなり条件を絞っていますが、今回私たちが知り得たものだけでもこれだけのフリーペーパーが発行されており、中でも一定の地域に絞ったものが多摩エリアには多くあることがわかります。

調布市・狛江市・三鷹市・稲城市・府中市の文化情報誌『月刊 武蔵野くろすとーく』(東京出版企画)や、八王子市の『はちとぴ』(揺籃社(清水工房))などは、該当地域のイベントやニュースといったコアな情報を得ることができるフリーペーパーです。これらは広告収入を得ているフリーペーパーですが、その広告主にはまちのメガネショップやバレエスタジオ、和菓子屋など、事業規模としては小さい企業や、公共施設やNPO団体なども見受けられます。また、市民からの情報提供を呼びかけているものなどもあり、そこには地域と密着した媒体づくりの姿勢が感じられます。

一方で、京王線・井の頭線沿線の観光スポットやおすすめの店舗を紹介している『あいぼりー』(京王電鉄)や多摩モノレール沿線の情報を掲載する『たまもの』(多摩都市モノレール)、多摩信用金庫が発行する『広報たまちいき』は、誌内に広告スペースを設けず社内予算のみで運営しています。鉄道会社や金融機関が発行するフリーペーパーには、お客様サービスや沿線地域の底上げといった狙いがあると考えられます。

表1 多摩エリアのフリーペーパー
名称エリア発行頻度発行元発行部数
広報たまちいき多摩エリア全域月刊多摩信用金庫5.7万部
asacoco清瀬市・東久留米市・西東京市・武蔵野市・三鷹市・小金井市・小平市・国分寺市・国立市・東村山市・東大和市・立川市・日野市・八王子市月2回アサココ35万部
リビング多摩多摩エリア週刊サンケイリビング新聞社15万部
あいぼりー京王線沿線隔月京王電鉄9万部
京王ニュース京王線沿線月刊京王電鉄100万部
もしもし多摩市・稲城市・八王子市・町田市月2回多摩ネットワークセンター9.4万部
街プレ〜西多摩版〜青梅市・福生市・あきる野市・昭島市・羽村市・西多摩郡月2回プラネット5万部
月刊武蔵野くろすとーく調布市・狛江市・三鷹市・稲城市・府中市月刊東京出版企画1万部
タウン通信西東京市・東久留米市・小平市・東村山市・清瀬市月2回タウン通信9.6万部
たまきたPAPER武蔵村山市・東大和市・東村山市・小平市季刊ことの葉舎1.3万部
タウンニュース町田版町田市・相模原市ほか月4〜5回タウンニュース社7.8万部
タウンニュース八王子版八王子市ほか月4〜5回タウンニュース社9万部
タウンニュース多摩版多摩市ほか月2〜3回タウンニュース社3万部
たまモノ多摩モノレール沿線隔月多摩都市モノレール
はちとぴ八王子市年3回揺籃社(清水工房)1万部
週刊きちじょうじ武蔵野市週刊吉祥寺情報センター1万部
吉祥寺時間武蔵野市月刊デジタルワークス2.5万部
182ch調布市&周辺エリア隔月ウィード3万部
国立歩記国立市年4回せきや3.5万部
MYTOWN INAGI稲城市隔月エリアブレイン4万部
五日市まちづくり通信あきる野市月刊五日市活性化戦略委員会まちづくり通信チーム2千部
842PRESS西東京市年4回エフエム西東京8千〜1万部
出所:全国フリーペーパーガイド、株式会社フジサンケイ企画HP、各媒体HPなどから学生調べにより作成

地域と密着した制作現場

私たちはこれまでフリーペーパーが広告収入で成り立っているのは当然であると思っていたのですが、先に述べたように広告を掲載しないフリーペーパーも一定数存在することを知りました。両者の間には、制作理念や地域との接し方などに明確な違いがあるのでしょうか。私たちはそこに、フリーペーパーがこれまで存続してきたヒントも隠れているではと考え、表1の中から2社にインタビューをさせていただきました。

まずは、多摩エリアの28市町村に広く展開しているタウン紙『asacoco』を制作するアサココ代表取締役・長田米子氏にお話を伺いました。かつて、多摩地域全域に配布されていた『アサヒタウンズ』(アサヒタウンズ)が廃刊したのち、当時の読者からの熱い要望により、アサヒタウンズの元社員らが新しい情報誌として2010年に創刊したのが『asacoco』です。インターネットで手軽に素早く情報を知ることができる今日にも、読者は『asacoco』から地元の情報を取得します。地域に住み続ける読者が欲しているものは「地域を知れるツール」であり、アサヒタウンズ時代も含め長年地域に触れ続けてきた『asacoco』にはそれに足る信頼があります。『asacoco』の長田社長は、「文章を読んでもらうというのは、その人の時間をいただくこと。心に残るものを提供しようと思っている」とおっしゃっていました。その志から記事の丁寧さや読みやすさも、読者の信頼をつかむポイントなのかもしれません。

また、地域に信頼されているフリーペーパーは地元企業にも良い影響を及ぼしています。『asacoco』は広告代理店からの広告以外に、地元企業の広告を記事広告で掲載しています。取材を通してクライアントの魅力を見つけ出し、最高の形で余すことなく読者に届けます。その結果、広告から興味を持って訪れる読者と広告主は良好な関係を続けていける場合が多いそうです。

タウン紙『asacoco』。毎月第1・第3木曜日に朝日新聞に折り込まれ、約31万世帯に配布されている。

続いて、国立市の季刊誌『国立歩記』(くにたちあるき)の編集長・田中えり子氏にお話を伺いました。『国立歩記』は、国立市で100年の歴史をもつ酒屋・せきやがスポンサーとなり発行されている、地元の魅力を存分に詰め込んだフリーペーパーです。創刊の際、それ以前に国立で地域情報誌を発行していた田中氏が抜擢され、2008年に地域の広報誌として『国立歩記』がスタートしました。『国立歩記』にはメインスポンサーであるせきやを除き、広告欄が設けられていません。12ページという限られた誌面で、可能な限り記事として国立の魅力を紹介したいという思いのもと、創刊当初から年に一度の例外を除いて広告を入れないという方針を貫いてきました。

田中編集長にどこに成果や目標を見出すのかをお聞きしたところ、以前まではSNSも発展しておらず、まち全体に一体感がなくバラバラだった気がしていたそうです。このことからまちの色々な人たちの情報をつなげることを成果として求め、日々記事の作成にあたってきたそうです。また、編集者やデザイナー、ライターなど、市内のクリエイターとともに誌面をつくることにより、地域の中でのつながりが密度を増し、充実した誌面になって現れているということが、田中編集長のお話から伺えました。フリーペーパーを発刊することによる地域と企業の関わりについては、まちの中の一企業が国立市全体のPRをすることは、企業にとっては広報でもあり地域貢献でもあるようでした。『国立歩記』はコロナ禍での諸般の事情により2020年春号を最後に発刊を休止し、現在はブログやFacebookで地域情報を発信しています。

国立の魅力を紹介する『国立歩記』。表紙には市内の印象的な写真が大きく使われている。

お話を伺ったとおり、様々なアプローチでの地域と企業とのつながり方があり、それ故に地域には多彩なフリーペーパーが存在しています。媒体と広告主との関係性は基本的にはお金を受け取る側と払う側ですが、『asacoco』のように広告主の魅力を細部まで伝え、読者はもちろん広告主とのつながりも大事に育むという媒体もあります。『国立歩記』は地域の企業が地域の人々のために発行している媒体であり、より限定された地域内での多様な関係性構築に貢献しています。

『国立歩記』の編集長・田中えり子氏。コワーキングスペースの運営や市民活動のサポートなど、多方面で地域に関わっている。

最後に

多摩エリアのフリーペーパーについて色々な角度から調査してきましたが、この業界は地域と企業にとって必要な存在であるという結論に至りました。地域と企業をつなぐ方法はもちろん他にもたくさんあると思いますが、まちの小規模な企業や事業を地域一丸となってつなぎ、支えられるのがフリーペーパーの強みだからです。しかし、課題もあるように感じました。地域に密着した愛のあるフリーペーパーに読者は惹かれ、紙媒体として存続しているわけですが、それは読者がいてこそです。私たちは今回の調査を通してフリーペーパーの存在意義や良さを知りましたが、その価値観が受け継がれていくのであれば、今後この業界はウェブと同時に紙媒体についても引き続き考え続けなければならず、これからの若い世代にどうコミットするかを検討する必要もあるということを最終的に感じました。

今回私たちはながしまゼミとして、初めて公の場に掲載する記事をチームで取材し執筆致しました。初回という事もありドタバタしながらも私たちなりに何度も試行錯誤を施した記事となっています。次回以降も、「多摩エリアのフルーツ」や「多摩エリアの産学連携」など、昨年度に引き続き、地域×企業をどんどん深掘りしていこうと思いますので、ぜひご期待下さい。

多摩大学ながしまゼミ2年
半澤郁弥・加藤真二・伊藤敬章・坂下元太

※参考文献
1.文献・論文
  • ・メディア・リサーチ・センター[2018]『全国フリーペーパーガイド2018』メディア・リサーチ・センター
2.インターネット