第10回 多摩エリアの民間研究所

多摩エリアを、「地域×企業→未来」を軸にしていくつかの切り口で調べてきました。今回は今年度最終回。多摩エリアは都心へのアクセスもよく、緑も豊かで教育環境や医療環境も充実しています。郊外都市であるがゆえに、移り住んできた住民も多くコミュニティの希薄化がもたらす様々な課題が顕在化してきています。企業の側面から見ても同様に感じます。軍需産業、ニッチトップ企業、研究所と調べてきましたが、それらは日本全体や世界を見ているだけに、地域との関係は希薄で、情報の壁があり、他を受け付けない環境が広がっていることにも気がつきます。今回、学生が取材申込みを断られる研究所も多数ありました。これからの地域×企業は、どうあるべきか。若者たちと一緒に議論してみました。

監修:多摩大学経営情報学部教授 長島剛

1.民間研究所の立地の傾向

「第9回 多摩エリアの公的研究機関」で取り上げたように、多摩エリアには様々な公的研究機関があります。さらに調べていくと、公的な機関だけではなく民間の研究所も多摩エリアには数多く立地していることが分かりました。今回のテーマである民間研究所は、公的な研究機関よりも母数が多く、全体の把握がとても困難でしたが、『全国試験研究機関名鑑 2008-2009』をもとに、多摩エリアの研究所を俯瞰してみました。

図1 多摩エリア 研究所の立地状況(全国試験研究機関名鑑編集委員会『全国試験研究機関名鑑 2008-2009』のデータを元に作成)

図2 多摩エリア 分野別研究所数(全国試験研究機関名鑑編集委員会『全国試験研究機関名鑑 2008-2009』のデータを元に作成)

図1の研究所の立地状況をみると、多摩エリアの中でも八王子市や日野市、そして都心に近いエリアに研究所が集積しています。「日本における民間研究所の立地パターン」(中川,1996)によると、全国の研究所所在地の割合は、関東地方で約51%を占めており、さらに人口が集中している東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県に絞っても43%という高い数値になっています。関西圏の中心である大阪と周辺府県の割合が20%程度なので、東京都を中心とする首都圏に極めて多くの研究所が集中しているというになります。

大阪府立産業開発研究所の「企業における研究機関の設置状況に関する調査」(2007)では、関東地方に民間研究所が多い理由に、企業の本社とのつながりがあるのではないかと書かれていました。関東地方、特に東京23区には、多くの企業の本社が所在しています。都心と地理的に近い多摩エリアは、本社と研究機関の連携が素早くとれるという利点があり、民間研究所が増えていったのではないかと考えられます。

また、多摩エリアの分野別研究所数では、全体の半数以上が電気や機械といった領域の研究所でした。「第1回 軍需産業から民需産業へ」や「第3回 京浜工業地帯と多摩エリア」から、研究所の立地と過去の軍需産業や鉄道の歴史も無関係ではないように思われます。

さらに近年は、多摩エリアの自治体で企業や研究所を誘致する取り組みも見られ、先に挙げた『全国試験研究機関名鑑2008-2009』当時から、研究所の数はさらに増えていることが推測できます。八王子市では2004年より固定資産税などを交付する奨励金制度を施行し、新設だけでなく既設事業者や小規模事業者への支援の拡充を図るなど、企業誘致・企業支援に努めています。この制度の指定事業者の数は2019年までにのべ130件を超え、その中には研究所の開設も数件含まれていました。地理的な要因に加えて、このような支援制度が整っていることも、現在の研究所の立地には大きく影響を及ぼしているといえるでしょう。

様々な要因のもとに多摩エリアに施設を構え研究を行う企業は、地域の中でどういった存在となっているのでしょうか。企業や研究所が増えていくことで、地域はどう変わっていくのでしょう。また、企業にとって地域とは。

次章では、本メディア『多摩未来協創会議』の協創パートナーである日立製作所研究開発グループにインタビューを行いました。日立製作所もまた、都区内に本社を構え多摩エリアに研究所を開設している企業です。どのような意図で多摩エリアに研究所を構え、実際にどのような活動を行っているのか、そして地域との関係性についてお話をうかがいました。

2.地域に根付く研究所の姿勢

数多くの民間研究所が立地している多摩エリアですが、国分寺市にある日立製作所中央研究所は、国分寺市と地域包括連携協定を結び、企業や大学、行政など多様な機関との協創活動のための研究拠点「協創の森」を開設するなど、地域と積極的に関わる姿勢を打ち出している研究所です。地域との協創や地域の未来について、社会イノベーション協創統括本部 企画室の主任デザイナーである伴真秀(ばん・まさひで)氏、研究開発グループ 中央研究所 企画室の主任研究員である有本英生(ありもと・ひでお)氏・手嶋達也(てしま・たつや)氏にお聞きしました。

手嶋氏によると、国分寺の地に中央研究所が設立されたのは1942年。中央研究所は計測・計算機・エレクトロニクスの3つの分野を主軸とし、発展してきました。国分寺は学術機関が多く、都市としての交通の便があり、自然が豊かであるという点において、研究機関を開設するのに相応しい地域であったといいます。また、中心都市の郊外地域として日本の産業の発展とともに都市機能が発達を遂げてきた多摩エリアは、最先端技術の研究や開発を行う上で欠かせない社会実験のフィールドとしても、非常に重要な地域であるそうです。

森に囲まれる日立製作所中央研究所(国分寺市)(写真:日立製作所中央研究所)

2019年に中央研究所内に開設された「協創の森」は、オープンイノベーションを起こすための開かれた場であり、外部とのつながりを強化することを目的としています。これまでに、地域×企業の協創の可能性について考えるシンポジウムや、デザイナーや研究者が市民と協働しよりよい地域の未来をつくりだす活動「フューチャー・リビング・ラボ」など、具体的な協創の取り組みが始まっています。国分寺の農畜産物の地産地消を推進するプロジェクト「こくベジ」との協創では、日立製作所が開発したWEBアプリを活用したイベントを開催し、国分寺の街バルイベント「ぶんじバル」ではバルチケットを電子化し、電子決済を通じた地域コミュニケーションの新たな可能性を広げました。日立製作所ではこういった機会を通じ地域との関係性を深め、地域という小さなコミュニティの中にある課題を知り、社会の未来に活かせる技術や仕組みを追究しているそうです。

かつて、多摩エリアは高度経済成長期に多くの人々が集まり、それに伴い沢山のインフラが整ったという歴史的背景がありますが、約50年経った今、集まってきた当時の人々の高齢化や整ったインフラの老朽化が著しく進んでしまっています。それは、最も重要視すべき社会課題のひとつであると伴氏は言います。日立製作所では、協創の森を通じ純粋な技術の研究だけではなく、仕組みとして社会の課題解決を行うサービスを考えてきました。

そうした社会課題の解決に際し、必要不可欠なものが、地域における「協創」です。複雑な社会課題はもはや企業1社の技術力や知恵で解けるものではなく、地域や領域の異なる企業などと協力し、解決していくことが重要なのです。そのため、外部から人を呼び込むことにより、様々なナレッジを混ぜ、新たな解決方法を生み出していく必要があります。たとえば、協創の森で毎年開催している「デジタル多摩シンポジウム」では、地域の企業や自治体、学生などを交えて地域のあるべき姿を議論する機会を設けています。また、本メディア「多摩未来協創会議」への参画も同様に、地域の方々との接点を持つ貴重な機会になっています。これらの場は企業にとって地域の人々から地域が抱える課題を直接知ることができる機会であり、地域にとっても地域企業の知見を活用した課題解決の可能性が広がるなど、双方にとっての良いメリットがあると有本氏は考えます。

日立製作所中央研究所協創の森(国分寺市)(写真:日立製作所中央研究所)

従来においては、研究内容の機密性から、中央研究所も閉ざされた環境の中で研究活動を行っており、研究活動自体で地域と関わることは容易ではなくつながりも薄かったそうです。

「これまでは、企業が完成した製品やサービスを市民に提供するというやり方が主流でした。しかし、それだけではなく地域の人たちと一緒に創り上げていくということも、これからの時代にはより必要になってくるのではないかと思います」と伴氏。

日立製作所では地域と関わる機会を積極的につくり出しており、これからも多摩エリアの社会に大きなイノベーションを巻き起こしていくと思います。こうした協創の取り組みが積み重ねられていく過程で、企業と地域の距離は近づいていくのではないでしょうか。

3.多摩エリアの産業と地域の未来

「地域×企業→未来」では、10回を通して多摩エリアにある産業の歴史や取り組みを調べてきました。江戸時代より発展してきた繊維産業は、終戦後の衣類不足があったことで経済成長を遂げました。かつて主力戦闘機の生産や開発などの軍需産業で栄えた企業や財閥は、終戦や高度経済成長という時代背景の中で需要に合わせてそのかたちを変えてきました。日本有数のベッドタウンとなった現在の多摩エリアには、ニッチトップ企業をはじめとする優れた技術力を持った中小企業が多数存在し、中には生産拠点の国外移動にともない、空いた広大な敷地に研究施設の中枢を構える企業などもあります。

近年増加している研究所と地域との関わり方については、その専門性や機密保持面などから一般的にはつながりは少ないようでした。しかし、「第9回 多摩エリアの公的研究機関」での国立天文台のように、教育という側面で地域に関わる研究機関や、日立製作所のように地域に開いていくことが研究を推し進めるうえで重要なプロセスである研究所もあり、「地域×企業」の糸口として様々な切り口に可能性があることを学びました。「地域の人々の声」が出発点となり、多摩エリアに集積する複数の企業や研究機関がそれぞれの専門性や技術を持ち寄り協創することで、多摩エリア全体がイノベーション拠点となっていくのではないでしょうか。そして、自治体や地域住民を交えた協創の輪が増えていくことで、多摩エリアのよりよい未来をつくっていくことができるのではないでしょうか。

多摩大学ながしまゼミ2年
渡邉陸斗・松永怜士・石川大翔・塚本朝日

※参考文献
1.文献・論文
  • ・文部科学省科学技術・学術政策局(監修)/全国試験研究機関名鑑編集委員会(編) [2008]「全国試験研究機関名鑑 2008-2009」丸善
  • ・中川正 [1996]「日本における民間研究所の立地パターン」
  • ・大阪府立産業開発研究所 [2007]「企業における研究機関の設置状況に関する調査」
2.インターネット