第13回 多摩エリアのタクシー産業

コロナの影響で大きな打撃を受けているタクシー業界。観光客や夜の飲食店利用者などの利用が多いイメージが強いですが、郊外である多摩エリアのタクシーは都心とは違う変化を遂げているはずです。シニアの通院利用や買い物利用など駅やスーパーでもよく見かけるようになってきました。ビジネスニーズよりも生活ニーズが高い多摩エリア。地域住民とつながり、個々の課題を解決していくタクシーの、地域×企業の新しい取り組みが増えてきています。

監修:多摩大学経営情報学部教授 長島剛

タクシー業界の現状

世界中で都市生活のインフラを支えているタクシー業界。長い歴史を持つタクシー業界ですが、様々な移動手段やテクノロジーが発達した今日では、タクシー需要は単なる移動手段にとどまりません。GPSやドライブレコーダーの機能を活用した地域の防災・防犯に寄与するサービスや福祉事業の推進など、地域の中を常に行き来するタクシーだからこその取り組みが近年増えています。

日本のタクシー業界の現状をみると、最盛期である1991年に業界全体(個人タクシー含む)で年間約2.7兆円あった営業収入は、2019年現在では約1.5兆円に縮小しています(全国ハイヤー・タクシー連合会「輸送人員及び営業収入の推移」より)。また、図1に示すように、全企業の平均所得とタクシー業界の平均所得はかなりの差があり、若年層ドライバーの確保が難しく、ドライバーの高齢化が進んでいるという現状があります。

図1 タクシー業界と全産業の平均所得、平均年齢の比較
出所:厚生労働省「賃金構造基本統計調査」

そして昨今では移動手段が多様化しており、顧客の獲得競争が激しくなっています。直近の脅威としては、海外などでは急速に普及している「ライドシェア」があります。これは、プロのドライバーではない一般ドライバーと乗客をマッチングさせるサービスですが、現在の日本では営業許可を持たない一般ドライバーが商売として相乗りサービスを行うことは法に触れており、他にも安全性・事故等のトラブルの際の責任の所在の不明確性などからビジネスとしての実施には至っていません。

しかしライドシェアは環境負荷の低減や地方における交通課題を解決する有効な手段であり、交通費を折半して交通手段をシェアするという考え方が一部地域で普及しはじめ、実証段階まで進んでいます。このライドシェアが全国的に普及していった場合、タクシー業界とターゲットが一致しているため脅威となるのは明白です。

こうした様々な課題を抱えているタクシー業界ですが、利用者の絶対数が少ない地方の場合は特に、新たなビジネスモデルを早急に考える必要があります。ここで、本題である多摩エリアに焦点を当ててみます。多摩エリアにおけるタクシー業界の営業収入は、2017年のデータにはなりますが全国の1.6兆円のうちの約374億円と、全国の県単位での平均は約340億円なので多摩エリアのみでこの数字は他の地域と比べると比較的高水準と言えますが、営業収入、輸送人員、ともに2007年を境に徐々に減少傾向にあります。

多摩エリアのタクシー業者が実際に行っている取り組みとして、観光タクシーへの取り組みや配車アプリとの連携などが挙げられます。また団塊世代層が多く高齢化に拍車がかかっている多摩エリアでは、高齢者に向けたサービスも考えていかなければなりません。そこで今回は主に福祉事業に着目し、地域に寄り添った取り組みをご紹介します。

三幸自動車株式会社

地域の課題解決を担うタクシー事業

西東京市でタクシー事業を営む三幸自動車株式会社では、一般タクシー、ジャンボタクシーのほかに、体の不自由な方や高齢の方の乗車に対応した福祉車両を15台保有しています。2007年から利用されている、車いすのまま乗車できるユニバーサルデザインタクシーや、座席が半回転することによって乗降車時の足への負担を減らす仕組みを持つタクシーが福祉車両として活躍しています。また、ホームヘルパー2級の資格を持つドライバーが多数在籍しており、一般タクシーにはないホスピタリティに富んだサービスを提供しているのが特徴です。

代表取締役の町田栄一郎氏は、都心のタクシーと比べ乗客のサイクルが穏やかな多摩エリアのタクシーに必要なものは、「生活の質の向上を手助けすること」だと考えているということでした。福祉車両の導入についても、高齢者の多い多摩エリアに合わせたサービスです。福祉タクシーでは、利用客から「今日乗りたいのに予約がいっぱいで乗ることができない」という声が多くあり、同社では一般タクシーと同様に「今これから移動するためにタクシーを呼びたい」というニーズに応えるべく、予約枠を制限することで当日の利用依頼にも対応しています。

また、最寄りの駅やバス停から距離がある公共交通不便地域にも着目し、2019年に西東京市、大和交通保谷株式会社と協力し、当該地域を定期循環する実証実験に参加しました。西東京市には道路幅員も狭く路線バスやコミュニティバスの運行が困難なエリアもあり、交通空白地域で外出に不便を感じる人々が住むエリアの移動支援を目的とし、事前に登録を行った利用者たちの外出の機会や行動範囲を広げるなど、対象地域の課題解決に助力しています。

町田氏はタクシー産業を都心と多摩エリアとでは性質の異なるものだと考えており、都心を「攻めの営業(狩猟)」、多摩エリアを「待ちの営業(農耕)」と表現していました。利用者の目的も多様であり、多摩エリアのタクシー産業における重要なポイントは「お客様が何を求めているかに敏感であること」と教えていただきました。

三幸自動車株式会社 代表取締役社長 町田栄一郎氏

タクシー産業と他業界との連携

八王子市に本社を構えるキャピタル交通株式会社では、2021年に北原病院グループと株式会社住宅工営と連携し、高齢者に向けた「見守り駆付けサービス」を開始しました。医療・不動産・タクシー産業の異業種連携によるこのサービスでは、それぞれが専門分野の力を発揮し、八王子市周辺地域に住む高齢者の暮らしをサポートしています。

住宅にボタン端末を用意し、利用者が起床時、外出時、帰宅時などに専用のカードをかざすことで、日常生活の無事を家族や関係者に容易に知らせることができるようになっています。毎日の決まった通知がない際には家族・関係者へ連絡をしたのちに、事業者が様子を見に駆けつけるというこのサービスは、近年高齢化が進んでいる八王子市にマッチした取り組みです。

年配の方でも使いやすいようネット操作を介在させないアナログシステムを採用しており、高齢者のICT問題などの地域の課題にも向き合い、高齢者の暮らしの不安を払拭する仕組みづくりをしています。住民のニーズを理解し、日常生活の移動を手助けする“地域の足”として多摩地域のタクシー会社を意識しているキャピタル交通の今後の動向に期待が高まります。

キャピタル交通株式会社 子育て応援タクシー

多摩エリアにおけるタクシー業界の役割

多摩エリアの丘陵地や台地が折り重なった独特な地形は、高齢になればなるほど移動に困難を伴います。都心と利用者層の異なる多摩エリアだから存在する、生活の移動手段としてのニーズがあり、福祉に焦点を当てたサービスなど、地域の課題を探り利用者に寄り添うタクシー事業者の取り組みが、多摩エリアにはありました。

不況傾向にあるタクシー業界ですが、公共交通機関で唯一のDoor to Doorの繊細な移動をかなえるサービスとして代用がきかないものであり、このような取り組みはタクシー業界に限らず様々な分野で今後の多摩エリアにおいて重要な課題なのだと、今回の記事作成を通して改めて感じました。

今回、私たちの班は記事を執筆させていただいたのが2回目となりました。テーマを決めた際に長島先生から様々なタクシー会社の皆様のお話を伺う機会を作っていただき、多摩地域の二次交通の現状や課題を知ることができました。DX化が進行している昨今、タクシー業界にとって重要なデータはどのようなものでしょうか。ハイレベルな無人運転システムの開発が成功した場合、タクシードライバーの需要はどういった変化が起こるのでしょうか。デジタル化が顕著である今がタクシー業界の動きに注視し、考察していくことが重要になるタイミングだと感じました。

多摩大学ながしまゼミ2年
坂下元太・半澤郁弥

※参考文献
1.インターネット
2.取材