第14回 多摩エリアにある美術系大学の産学連携

美術系の大学が集積していることは多摩エリアの大きな特徴です。地域からはデザインや芸術の力で地方創生を促進させたいという話はよく聞こえてきます。また、卒業後も多摩エリアで活動する若者が増えていけば、もっと豊かなまちになっていくでしょう。今回は、美術大学にこだわった産学連携の研究を行ってみました。

監修:多摩大学経営情報学部教授 長島剛

多摩エリアの美術系大学

今までは産学連携と聞くと理系の大学がメインのイメージでしたが、現在は文系の大学や美術系の大学でも積極的に産学連携を行っています。デザイン思考やアート思考、デザイン経営などの用語が注目されるようになり、企業に新たなイノベーションが求められる時代となった近年、産学連携も多様な領域で取り組みが行われるようになりました。その中で私たちは、美術の領域を実践的に学ぶ美術系大学との産学連携を望む企業も増えているのではと考え、多摩エリアの美術系の大学で行われている産学連携について調査しました。

表1 多摩エリアにある美術系の大学(五十音順)
大学名所在地学部在籍学生数
(大学院、通信教育を除く)
玉川大学東京都町田市芸術学部1,058名(2021年)
多摩美術大学東京都八王子市(八王子市キャンパス)美術学部4,459名(2021年)
東京工科大学東京都大田区(蒲田キャンパス)デザイン学部838名(2021年)
東京造形大学東京都八王子市造形学部1,806名(2021年)
武蔵野美術大学東京都小平市(鷹の台キャンパス)造形学部、造形構想学部4,326名(2021年)
明星大学東京都八王子市(八王子キャンパス)デザイン学部524名(2021年)
<出典>
玉川大学 https://www.tamagawa.jp/introduction/outline/number.html
多摩美術大学 https://www.tamabi.ac.jp/prof/disclosure/resources/adm-statistic-1_2021.pdf
東京工科大学 https://www.teu.ac.jp/gaiyou/006576.html
東京造形大学 https://www.zokei.ac.jp/university/zaiseki/
武蔵野美術大学 https://www.musabi.ac.jp/outline/organization/students/
明星大学 https://www.meisei-u.ac.jp/johokokai/ID_entrant_2021_web.pdf

表1のうち美術系を専門領域とする武蔵野美術大学・多摩美術大学・東京造形大学ではいずれも7〜8割の学生がデザイン系を専攻しており、彫刻や油絵などのファインアート系よりも圧倒的に数が多くなっています。また近年では、玉川大学・東京工科大学・明星大学のように芸術学部やデザイン学部などを開設する一般大学も増えており、デザインを学ぶための選択肢が美術大学だけではなくなってきています。

これらの大学はいずれも何かしらのかたちで産学連携を行っており、地域との連携も見られます。私の通う多摩大学でも産学連携に力を入れていますが、美術系大学では一般の大学にはないような産学連携の事例や課題があるのではないかと考えました。この疑問について、武蔵野美術大学の大学企画グループ長補佐・広報チームリーダーである千羽一郎氏と、武蔵野美術大学と共同で産学連携を実施している株式会社ディーランドの酒井博基氏にお話をうかがいました。

美術大学における産学連携の現状と課題

武蔵野美術大学では、連携事業のうち、事業に相応の予算をともない依頼されるものを産学産官学連携、それ以外の社会貢献的な活動を社会連携・美術振興活動として位置づけています。コロナ前は年間25件、2020年は16件の産官学連携を実施しました。武蔵野美術大学の産官学連携事業で代表的な活動は、新潟市西蒲区で実施している「わらアートまつり」があります。この企画では40人ほどの学生が現地に向かい、1週間で複数の巨大な藁作品を制作し展示します。2008年に始まったこの企画は2021年に13回目となり、実施初日に全国から約2万7千人もの観光客が訪れる大きなイベントに成長しました。社会連携・美術振興活動で有名なものは、2008年から毎年全国や台湾などで年間60カ所以上の小中高の学校や美術館で実施している、「旅するムサビプロジェクト(旅ムサ)」です。この取り組みは、美大で初めて教育・推進・支援手法部門でグッドデザイン賞を受賞しました。旅ムサでは、学生が子どもたちに内緒で黒板に絵を描きプレセントする「黒板ジャック」や、学生が制作した作品を持参し、子どもたちと対話して鑑賞する、学校を美術館に見立てて作品展示をする「ムサビる!」など、交流や芸術振興を通した学びの場を提供しています。

わらアートまつり2017(写真:武蔵野美術大学提供)

旅するムサビプロジェクト「黒板ジャック」の作品(写真:武蔵野美術大学提供)

様々な産官学連携事業、社会連携・美術振興活動を行っていますが、課題もあると千羽氏はいいます。

「ありがたいことにたくさんのご依頼をいただくのですが、学生だから少ない予算で依頼できる、または発表の場を提供するから無料で描いてほしい、展示してほしいといったものも多くあります。そういった依頼を大学が受けてしまうと、卒業生の仕事を奪うことにもなり、また、社会の中でのクリエイティブの価値を下げてしまうことになります。まずは教育研究効果がどれくらいあるのか、そして学生であってもクリエイティブな作業には相応の費用がかかることを必ず伝えています」と千羽氏。

また、外部との連携事業を行うためにはその調整役が欠かせません。企業や地域とのやりとりをはじめ、本来の教育カリキュラムとの調整や案件を進めていくためのプログラムの構築など、全体のマネジメントが必要です。武蔵野美術大学では、国分寺市の企画・編集・制作会社であるディーランドと提携を組み、ディーランドが大学と企業の間に入りって具体的なコンテンツの制作やマネジメントを担うことがあるそうです。さらに大学では株式会社武蔵野美術大学ソーシャルマネジメントという会社を設置するなど、マネジメント機能を外部化するという方法も実施しています。このような対策を用いて、武蔵野美術大学では現状の課題と向き合っています。

美大の産学連携と地域

千羽氏は上記のような課題があっても、美大は産学連携に取り組む必要があるといいます。

その理由として、産学連携を「美術・デザインの本質を伝える普及活動」と捉えているということがあります。美大の使命としてクリエイターを育てるだけでなく、クライアントとなる地域社会にもその本質を伝えていくべきであると千羽氏は考えています。そして、社会の中でのクリエイティブの価値を向上させることが、武蔵野美術大学が産学連携に取り組むねらいのひとつであるといいます。既述のように、美大生は安上がりな下請け業者ではく、クリエイティブ作業にはお金がかかるということを周知していく必要があります。もちろん社会貢献活動ではお金が発生しなくても取り組んでいるとのことでしたが、学生に「やりがい」のみで仕事を完結させないようにするのは大学の役割です。

さらに、「美術やデザインの価値を社会に伝えるコーディネーター(翻訳者)を地域に増やすことも必要です」と千羽氏。美術関係者だけではなく一般社会にとってわかりやすい言葉に変換し、その価値を伝えていく翻訳者の存在が増えれば、企業や地域と大学との連携がより円滑に意義のあるものになっていくでしょう。特に地域という視点で考えるのであれば、千羽氏も示唆されていましたが、アート思考やデザイン思考を理解した自治体職員が増えることが1つの扉を開くきっかけとなるかもしれません。

多摩大学ながしまゼミ2年
伊藤主野・片岡龍之丞・島倉真幸・丸山将平

※参考文献
1.インターネット
2.インタビュー