第15回 多摩エリアの福祉の未来

福祉は英語でwelfare(ウェルフェア)と訳されてきました。welfareはもともとwell「よりよく」とfare「暮らす」からなる造語です。最近ではwell-being(ウェルビーイング)と訳されることも多くなってきました。実際、自治体の組織編成を見ても福祉の存在感が大きくなっています。たとえば八王子市の福祉部は、生活福祉課、高齢者いきいき課、障害者福祉課、高齢者福祉課、介護保険課、生活自立支援課など福祉全般を総勢300名以上の職員で担っています。今回は、この大きな「福祉の未来」について、IT・ロボット技術の導入と介護予防という切り口から、2つの福祉関係の企業にインタビューを行いました。Z世代の若者たちにとっての福祉。どう映っているのでしょう。

監修:多摩大学経営情報学部教授 長島剛

1.既存データから見る多摩地域の現状
~高齢化における介護の役割~

多摩エリアの課題の一つに少子高齢化があります。2020年以降、多摩エリアの総人口は減少傾向に転じると予測されています(図1)。また、グラフからは、老年人口の割合は増加を続け2040年には人口の半分以上を占める一方、老年人口を支えていかなければならない64歳以下の人口は減少を続けていくことを読み取ることができます。この少子高齢化の波を受け、企業も自治体も様々な取り組みを行っていますが、すでに総人口の1/4を上回っている老年人口を、この先私たちの世代は支えられるでしょうか。

出所:国立社会保障・人口問題研究所『日本の地域別将来推計人口(平成30(2018)年推計)』

こうした社会的背景のもと、高齢者向けの社会福祉産業は成長を続けています。今回は、高齢者向け福祉事業の中でも、これからの介護に必要とされる「IT・ロボット技術の導入」と「介護予防」に注目しました。

出所:厚生労働省「介護保険事業状況報告(暫定)令和4年1月分」
東京市町村自治調査会「多摩地域データブック~多摩地域主要統計表~2021(令和3)年版」

一つ目のキーワードである「IT・ロボット技術の導入」は、介護業界の抱える人材不足という課題の解決策として考えられます。また二つ目は、少子高齢社会での高齢者福祉を考えるうえで重要な「介護予防」という取り組みがあります。これは、高齢者が「要介護」の状態にならないための対策や、要介護状態の軽減や悪化の防止を目的としています。厚生労働省によると、2022年現在、東京都の要介護状態にある65歳以上の高齢者は全体の20%程度であり、介護を必要としない高齢者のほうが大多数を占めています(図2)。今後ますます少子高齢化に拍車がかかることを考えると、介護を必要としない高齢者の比率を維持もしくは向上させていくことが必要不可欠であり、「介護予防」がいかに重要なキーワードであるかがわかります。

本稿では、多摩エリアで介護事業を展開する企業にお話を伺い、現在、実際の介護の現場でIT技術やロボットがどのような役割を担っているのかを知り、少子高齢化の進む多摩エリアのこれからを支える取り組みを紹介し、二つのキーワードについて課題やこれからの可能性について考察したいと思います。

2.地域と福祉をつなぐ
~楽友会に聞く介護の現状~

多摩ニュータウンで入居型の老人ホームやデイサービスセンターなど複数の高齢者介護施設を運営する社会福祉法人楽友会は、1967年の設立から半世紀以上、地域に密着した高齢者福祉に取り組んできました。利用者が住み慣れた地域で安心して暮らし続けられるよう、福祉・介護・予防のほか、医療・看護・リハビリ、そして日常の生活支援を含む包括的なケアを地域と連携し提供しています。

同法人が運営する特別養護老人ホーム白楽荘は、介護度の高い高齢者へのサービスを行う施設です。福祉産業全体が抱えている問題について、楽友会経営管理本部所長の斎藤誠氏にお話を伺いました。

「高齢化が進み要介護者は増加し続けていますが、2015年の介護保険法改正により特養ホームの入居要件がそれまでの要介護度1以上から、原則要介護度3以上となってしまいました。そのため、特養ホームに入居できず、在宅での介護やケアを必要とする方が特に増え、福祉産業の在宅サービス業務に需要が集まっています。同時に、就業人口の減少に伴い人材不足が深刻となっており、現場の職員への負担が高まる一方です」

斎藤氏の言葉から、高齢化に伴う人材の需要と供給のアンバランスが大きな課題となっていることがわかります。このような課題を解消するためのIT技術や介護ロボットなどの技術導入について伺うと、「介護ロボットをいくつか実験的に導入しましたが、実際の現場では繊細な作業が必要とされるため、現時点のロボットでは多くの実務に対応ができません。またロボットを使用するための人材の育成も必要となるため、現状では導入は難しいと判断しています」と斎藤氏。一方で、職員の肉体的・精神的な負担を和らげるシステムとしてパラマウントベッド株式会社の「眠りSCAN 」の導入を検討しているそうです。現場の仕事をロボットが代行するということにはまだまだ多くのハードルがあるものの、IT技術は多くの可能性を秘めていることがうかがえました。

また同法人は、地域のまちづくりに貢献している企業としても知られています。その代表的な取り組みに、多摩市社会福祉協議会と連携し運営するコミュニティスペース「健幸つながるひろば とよよん(以下、とよよん)」があります。多摩ニュータウンの豊ヶ丘商店街にあるとよよんは、誰もが気軽に立ち寄れる地域の居場所として2020年9月に開設されました。キッチンのあるフリースペースでは世代間交流ができるイベントや教室が開催され、併設する居宅介護支援事業所では介護や福祉に関する相談をすることができます。

※眠りSCAN:センサーにより体動(寝返り、呼吸、心拍など)を測定し、睡眠状態を把握する見守り支援システム。

身近に家族や知り合いがいない高齢者は外との交流が少なく、家に閉じこもりがちになるなど、高齢者の孤立は認知症の発症をはじめとして要介護の入り口となる可能性が高いといわれています。とよよんはそんな現状を踏まえ事業者と地域が一体となって、高齢者と地域とのつながりをつくり孤立を防止することで地域共生社会を目指す取り組みの一つの事例として注目されています。

3.地域にとって身近な存在に
~ツインキールズの地域での取り組み~

東久留米市に本社を構える株式会社ツインキールズは、母体である医療法人五鱗会の介護部門を担当する企業です。代表取締役の赤星良平氏に業務内でのIT・ロボット技術の活用についてお伺いすると、楽友会同様、現状の導入は難しいとのことでした。加えて、IT技術を導入するなら現場以外の業務の簡素化に活用したいとおっしゃられており、やはりIT技術については導入の可能性がありそうでした。しかし、介護業界のベテランはITに馴染みのない中高年が多いという現状もあり、多くのハードルの存在を指摘されていました。

多摩エリアにおける高齢化については、「まだまだ進行中」であるという赤星氏。
「ピークは10年後に訪れると予測されていますし、高齢化と同時に健康寿命も延びています。そのため、私たちの提供する在宅介護や施設での介護、また介護予防についても今後ますます需要は増加していくと思われます」

また、需要の増加に応じて介護事業の競争率も年々増加の傾向にあるということでした。
「ただ求められているサービスを提供するのでなく、その地域になくてはならない存在であることが生き残るために必要になってくると思います」と赤星氏。さらに、閉鎖的なイメージを持たれがちな介護事業を展開するにあたり、積極的に地域に歩み寄っていくことを心掛けているといいます。同社は高齢化率が高まる団地の商店街に拠点を構え、喫茶店併設のデイサービスや地域住民が主体のおしゃべりサロン、子どもたちに向けた駄菓子屋の運営などにも取り組んでいます。喫茶店や駄菓子屋には地域の住民や学生たちがボランティアとして関わり、明るく活気のある介護の拠点として認知されています。こうした取り組みを通しさまざまな世代の地域住民との距離が近くなり、デイサービスへの親しみや安心感を覚える人が増え、身近な介護の相談を受けるようになるなどの反響もあるそうです。

4.地域と企業の連携
~八王子市の介護予防の取り組み~

多摩エリアで介護事業を運営する2社にお話を伺い、実際の介護現場へのIT・ロボット技術の導入については、現時点ではまだまだ課題が多いことが見えてきました。一方、介護予防の観点では、IT技術を活用した取り組みが八王子市で進んでいます。2021年、八王子市は株式会社ベスプラと協働し、65歳以上を対象に、脳や体にいいことをするとポイントがたまる「てくポ」という介護予防ポイント制度の実証実験を行いました。これはコロナ禍で自由な外出や交流が難しいなか、高齢者が無理なく楽しみながら自分の力で健康を守れるようにするための、介護予防支援の取り組みです。実証実験は2021年の9月から2022年の2月までの期間、数多くの市民が参加。ベスプラが開発したスマホアプリ『脳にいいアプリ』で「歩く」「食べる」「ボランティア」「脳トレ」を行いポイントを貯めます。貯まったポイントは市内の店舗で使ったり、PayPay残高に変換(変換率70%)したりすることができました。

この取り組みの背景には、民間企業の力を活用し超高齢社会における地域課題の解決を促進するという、経済産業省の「ガバメントピッチ」での八王子市とベスプラのマッチングがあります。まさに「地域×企業→未来」を具体化した取り組みといえるでしょう。2022年3月9日に開催された日立製作所研究開発グループ主催の「デジタル多摩シンポジウム2022」でもこの仕組みづくりが取り上げられており、新たな社会インフラの在り方の一つとして紹介されています。多摩エリアの介護予防の未来を担う可能性のある「てくポ」。今後の動向に期待が高まります。

5.これからの多摩地域の高齢者向け福祉

今回の取材を通して、少子高齢化といわれる社会には私たちの想像以上に元気な高齢者は多く、現状の要介護者への対応はもちろんですが、今後要介護者を増やさないための介護予防がいかに重要であるかということに気づきました。介護予防で大切とされる高齢者と地域のつながりについては、福祉事業は高齢者と地域のハブ役となり、「つなぐ」役割を担っています。そして、企業だけでなく地域住民全体がつながりの必要性を理解し協力することが最も重要なのではないでしょうか。さらに、少子高齢化の加速する日本においては、地域ごとの負担の低減や事業拡大による参加者の増加を目的として、地域の枠を越え広域で連携することが重要であり、私たちの未来のためには急務ともいえるでしょう。また、介護予防にIT技術を取り入れることは、確実に介護現場職員の負担を和らげ、より業務のクオリティを高めることにつながることがわかりました。

私たちは高齢者福祉に対するイメージが大きく変わり、地域におけるつながりの必要性を理解することができました。積極的に高齢者との関わりを持つとともに、地域の活動に興味を持ち参加していくことで、高齢者の末永い健康へ貢献することができると知りました。私たち地域住民は高齢者の生活をより良いものにする力を持っています。まずは、身近なところからつながりを広げていくことが最も大切なことなのではないでしょうか。

多摩大学ながしまゼミ2年
久嶋佑音・佐藤梨々華・長谷川達也

※参考文献
1.インターネット
2.インタビュー
  • 1. 社会福祉法人 楽友会 白楽荘在宅サービスセンター・経営管理本部 所長 斎藤誠 氏 2022年2月25日(金)
  • 2. 株式会社ホームコム/株式会社ツインキールズ 代表取締役 赤星良平 氏 2022年2月28日(月)