第17回 多摩エリアの都市農業

学生たちと農業について話していると、その多面的機能によって私たちの生活が知らず知らずのうちに支えられていることに改めて気づきます。食料としての農産物の供給だけでなく、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承はもちろん、今回はさらに、農業と地域との関わりの中で、地域社会を振興する機能、人間性を回復する機能などに学生たちは関心を持ったようです。

監修:多摩大学経営情報学部教授 長島剛

1. 都市農業の特徴

食品というものは、私たちが生きていく上でいつの時代になっても必要なものです。そして、その食品の生産において多くを担っている農業は、私たちの住む東京都でも営まれています。東京都は全人口の1割が集中し宅地化が進んだため、「限られた土地は農業に生かすよりも住宅地などに変えてしまったほうが良い」などと考えられてきましたが、実際にどうなっているのでしょうか。

図1:東京都における新規就業者登録人数 ※調査対象は40歳未満(雇用による就業者を除く)
出所:東京農林水産振興財団HP 「農業に関する統計情報 -就業人口に関する統計情報」 https://www.tokyo-aff.or.jp/site/tokyo-products/2908.html(2022年6月18日アクセス)

多摩エリアの農家は、その約52%が自給的農家(小規模で農業販売額が低い)であり、東京都の農家世帯数は9,567戸(令和2年)と総世帯の0.1%ほどで、とても少ない印象を受けます。また、同年の全国の新規就農者数(49歳以下かつ新規雇用就農者を除いた数)は11,020人であり、平均すると1都道府県当たり約235人となりますが、東京都の新規就農者数はわずか46人でした。全国的に見ると東京の農業は規模がとても小さいと言えます。

図2:東京都の地区別農業産出額割合 参考:東京都産業労働局農林水産部「東京都農作物生産状況調査結果報告書(令和元年産)」

図2は、当コラムの第12回「多摩エリアのフルーツ」で取り上げた、東京都の地区別農業産出額割合を示したグラフです。この円グラフから、東京都の農産物のおよそ75%は、都内23区と島しょ部を除いた多摩エリアで生産されていることが分かります。その理由には、多摩エリアが東京の中でも特に「農業生産に適した土地である」という事が挙げられます。

多摩エリアは多様で豊かな自然環境を有しており、例えば奥多摩では冷たく清らかな水を利用したワサビが栽培され、また昼夜の温度差が大きいためおいしい馬鈴薯も収穫できます。多摩川の中流域ではホウレン草・キャベツなどの葉菜類や大根・人参などの根菜類の栽培が盛んです。また、かつては小麦も栽培されており、その小麦を原料としたうどん・まんじゅう等の食文化は現在でも地域に根付いています。さらに、調布市・府中市などは、多摩川によって山間地から栄養分が運ばれ、果樹園芸に適した地質となっており、ナシやブドウなどが古くから生産され、現在も先進的な生産地として知られています。

このように、多摩エリアは農業生産に適した条件にあるとともに、高品質な農産物が多品目で生産できる数少ない地域であるといえます。他にも、援農ボランティア・体験農業・地場産野菜給食による地産地消と食育など、人口が多いこの地域特有の様々な特徴を持っています。

今回は、このような農業の特徴を持つ多摩エリアの都市農業の実態と、新規就農者について、取材を行いました。

2. 都市農業の実態とJAの取り組み

農業は、「平野での大規模な農業」「山間部で営まれる農業」「都市農業」の3種類に分けられ、その中で都市農業は、「地産地消や新鮮な野菜を作る、地域の人とレクリエーションの場である」とされています。私たちは、このような都市農業の実態を取材するために、東京都立川市にあるJA東京中央会に伺いました。 JA東京中央会は、東京都のJAや連合会の経営支援、情報提供、監査、農業政策への意思反映の取り組み、広報、組合員・役職員の人材育成を行う総合指導機関です。

JA東京中央会によると、都市農業は食料生産よりも農業の体験の場、つまり食育の場という色が強いとのことです。東京の農業には、農産物という“もの”を売ることから、体験農園として “こと”を売るようにシフトできるといった楽しさがあり、最近は体験の場が増えているのだそうです。また、新型コロナウイルスの影響によって生まれた時間が農作業に活用できることや、ストレスの軽減に効果があるなど、野菜作りや体験農業への関心がさらに深まり、需要が増加しました。

続いて、新規就農者に関してのお話も伺うことができました。JA東京中央会では現在、「フレッシュ&Uターン」という新規就農者に向けた就農支援を行っています。内容は、税金や法律・農業簿記といった座学から、基礎的・実践的な農業技術や経営管理を2年間学ぶというもので、毎年定員を超える応募が来ています。中には、仕事を定年退職した後に趣味や生きがいとして農業を始める方など、若い人たちだけではなく様々な方が受講しています。

さらにJA東京中央会では、将来飲食店と農家のつながりができるよう、調理師学校と農業学校のマッチングを行うなど、東京の就農者を増やすための取り組みを実施しています。

以上のように、農家やいずれ農家になる人と地域との懸け橋になっているのがJA東京中央会であり、都市農業はこうした取り組みに支えられています。

JA東京中央会 能城友明様・櫻井稜子様・河合稀一様、 ながしまゼミ公保・白井

3. 東京農業アカデミー八王子研修農場の取り組み

東京農業アカデミー八王子研修農場(以下、「アカデミー」)は、東京の農業の新たな担い手を育成・支援し、都市農業の価値を高めるために東京都が設置した公的な研修施設です。八王子インターチェンジ近くの約20,000平方メートルの農場のほか、栽培や育苗のハウス、農機具や出荷調整室などが整っています。カリキュラムには、農業の技術や経営など、基礎から就農に向けた演習までが含まれ、最新の施設や農業機械、情報通信技術(ICT)を活用したスマート農業についても学ぶことができます。現在は、20代〜50代前後の就農希望者を少数制で2年間、全国から招いた多様な外部講師のもとで実践的に研修に取り組んでいます。

今回の取材では、実際にアカデミーを受講している方からもお話を聞くことができました。

Aさん:「以前は食品会社に勤めていました。日本は特に肉製品に至っては輸入に頼りっぱなしであることから、農業を変えていきたいと思っています。アカデミーは、最前線の講師が揃っていることや徹底管理された農場に惹かれて受講を決めました。」

Bさん:「以前はメーカーのエンジニアをしていました。親戚が山梨で兼業農家をしていたこともあり、そこで農業の魅力を知り、家族もできたので、自分のやりたいことのできる農業を始めようと思い受講しました。アカデミーの魅力は、相談ができる同期や後輩、アドバイスをくれる先輩がいることです。第一線の方の話を聞けることや、実践的なカリキュラムが揃っていることも受講を決めたポイントです。」

アカデミーには他県から東京に転居してこられた受講者も在籍し、募集には定員を超える応募者が集まるそうです。今回お話を伺い、大規模農業にはない都市農業の魅力や可能性を感じ取ることができました。

東京農業アカデミー八王子研修農場 小寺孝治様、受講者の方、ながしまゼミ:公保

4. 多摩エリアの農業のこれから

新規就農には、自分のアイデア次第でやりたいことに取り組めるメリットがあり、一方で、就農する地域の農業文化を知らないというデメリットがあります。特に農業は、地域に根差していかなければ地域住民とのトラブルで農業を続けることができなくなるなど、地域とのつながりがとても大切です。

東京の農業における新規就農者の数は、全国と比較して小規模に留まっているものの、多摩エリアにおいてはその割合は増えています。JA東京中央会や東京農業アカデミー八王子研修農場の取り組みなどがまさにその後押しをしているのだということを、今回の取材を通して知ることができました。また、消費者側は野菜作りや体験農園などへの興味が増しています。ゆえに、農地を体験の場として地域に開いていくことや、そうした魅力ある農業を次代につなぐ新規就農者の育成は重要であり、多摩エリアの農業にとっても無限の可能性が広がるものと考えられます。

今後、多摩エリアの農業価値や魅力を高め、さらに振興を図るためには、地域と農業の良い“関係性“をつくり続けていくことが重要です。多様な機能を持つ都市農業によって、農家の生業だけでなく、地域住民や消費者は、新鮮な農産物、レクリエーションや教育の場などの様々な恩恵を受けることができます。まずは、都市農業の魅力や価値を多摩エリアの人たちが共有し、理解しあうことが良い関係を築くことに繋がるのだと思います。今回のレポートでは都市農業の魅力を語り尽くせていませんが、このような発信も多摩エリアの農業の魅力を知るきっかけのひとつとなり、地域振興だけでなく、産業の振興にも繋がると嬉しいです。

多摩大学ながしまゼミ2年
公保綾太・白井元季

※参考文献
1.文献・論文
  • ・長島剛;野坂美穂;高橋恭寛;加藤みずき;内藤旭恵;樋笠堯士 [2022] 『多摩学 経営情報学から見た「多摩圏」』多摩大学出版会
2.インターネット