第4回 多摩エリアのニッチトップ企業

これまでのコラムでは、文献やネットを見て多摩エリアの産業や歴史を紐解いてきましたが、今回は現在進行系で動いている企業の今を取材させていただくことしました。コロナ対策を万全にして、2つの会社の社長にインタビューしました。学生にとっては会社見学やインタビュー結果をこのコラムで伝えるという初の試みとなります。データだけではわからない、実際に見て聞いたことを伝えるにはどうすればよいのか。締め切り間近まで悪戦苦闘していました。

監修:多摩大学経営情報学部教授 長島剛

1.ニッチトップ企業が地域にもたらすもの

コラムの第1回「軍需産業から民需産業へ」、また、第3回「京浜工業地帯と多摩エリア」からも分かるように、多摩エリアには大企業の研究や開発を担ってきた中小・中堅企業が集積しており、その多くは付加価値の高い技術力を持つものづくり企業です。このようなオンリーワンと称される高度な加工サービス、もしくは競争力の高い独自製品を提供し、国内でトップレベルの高いシェアを誇る中小企業を「ニッチトップ企業」といい、その中でも世界市場で競争優位を確立しているのが「グローバルニッチトップ企業」です。経済産業省が選定する「2020年版グローバルニッチトップ企業100選」では、多摩エリアの企業6社が機械・加工部門や電気・電子部門で選ばれ、多摩エリアの企業の技術レベルの高さを証明しています。

多摩エリアを拠点に世界規模で活躍するニッチトップ企業ですが、そのほとんどがBtoB企業であり独自のニッチな市場での営業活動となることなどから、地域との関わりという視点で語られることはあまりないように感じます。世界トップレベルの企業が地域にあるかもしれないこと、また自分の暮らす地域にある工場で何がつくられているかなど、知らない人も多いのではないでしょうか。地域にとって、ニッチトップ企業というのはどういう存在なのでしょう。今回ながしまゼミでは、経済産業省より地域経済の中心的な担い手となりうる企業として「地域未来牽引企業」に選定されている多摩エリアのニッチトップ企業を訪れ、普段の暮らしの中ではあまり目にすることのない企業の実態や地域との関わりなどをうかがいました。

2.時代を牽引する企業

「2020年版グローバルニッチトップ企業100選」に選ばれた多摩エリアの6社のうちのひとつ、多摩市にある京西テクノスは、医療・計測機器のメンテナンスや修理を行う唯一無二の企業です。

京西テクノス外観(多摩市)

前身である京西電機研究所は1946年の創業当初、ものづくりを中心に行う企業でした。しかし1980年代以降、ものづくりの仕事は、より低コストで生産できる中国などに流れてしまいました。そこで、京西テクノスはコストよりもスピードやクオリティー、技術力が重視されるメンテナンス事業にシフトチェンジし、現在に至っています。

この大胆な事業転換を行った臼井努(うすい・つとむ)社長は、「それができたのも多摩エリアにいたから」と考えます。
「多摩には横河電機やヒューレット・パッカード(現・キーサイト・テクノロジー)、ゼネラル・エレクトリックなど、外資系も含めてハイテクの大手企業がたくさんありました。当初はそういった会社とものづくりでお付き合いをしていたのですが、それをメンテナンスサービスに切り替えました。すぐ近くに相手がいてくれたため、取引を立ち上げやすかったといえます」。

京西テクノスは、病院や工場などで使われている様々な装置や機器のメンテナンス修理、トラブル対応を全国で事業展開し、今ではそのフィールドは世界中に広がっています。製造中止やサポートが打ち切りになった製品でも、現場で稼働しているものはたくさんあります。それらの製品の修理やメンテナンスを担う京西テクノスには、製品開発当時のメーカー技術者などが定年後に再就職し業務にあたっていることもあるそうです。
「みんながやらないことに可能性を見出してやっていくのがニッチビジネスなのです。規模はそんなに大きくなくても、特殊な領域の技術やビジネスモデルを持っていれば、オンリーワンのビジネスで世界と伍することができます」と臼井社長。

京西テクノス 臼井努社長

本社を構える多摩エリアについて臼井社長は、「非常にポテンシャルの高い地域」といいます。その言葉の通り、ニッチな産業が盛んである多摩エリアには世界で通用する企業があり、また、未来の人材となる学生が通う大学もたくさんあります。しかし、同時にそれが課題となってもいるそうです。
「多摩エリアの大学の卒業生がどれくらい多摩エリアの企業に就職するかというと、全体の4.7%くらいなのです。ここをもっと上げていきたいと思っています」。

この課題に取り組むべく、京西テクノスは公益社団法人「学術・文化・産業ネットワーク多摩」の給付型奨学金制度「多摩未来奨学金」を発足以来支援し続けています。多摩未来奨学金は、多摩エリアの複数の企業や団体が出資し、奨学生は多摩エリアの企業の会社説明会やインターンシップなどに参加する機会を持つという、修学支援と人材育成を目的とした制度です。企業は近隣地域の大学から優秀な人材を確保する可能性を得ることができ、学生はそれまで全く知らなかったような、地域にある企業の活躍を知り、進路の選択肢を豊かにすることができます。実際に京西テクノスにはこの奨学金制度をきっかけに同社に就職した事例もあり、臼井社長からは、産学官金の連携が取れているという点も多摩エリアならではの魅力として挙げられました。また、全国に拠点を置く京西テクノスにとって、それぞれの拠点においてその地域をよく知る人材は必要不可欠であり、できる限りその近隣地域から採用しているそうです。

会社見学の様子

「ニッチなマーケットでも、グローバルでトップであるという技術やビジネスモデルがあれば、中小企業はこれからも更なる飛躍ができる」と臼井社長はいいます。2019年にはNECマネジメントパートナーから校正サービス事業を承継し、大企業のNECより社員70名を迎え入れました。また通常、年間で20〜30名の雇用を生み出す京西テクノス。大企業であることや都心に立地することなどは、もはや必ずしも企業の魅力ではなくなってきており、地域の産業や雇用を促進するような企業が時代を牽引していくのかもしれません。

本社正面玄関にて

3.挑戦し続ける企業とその地盤である地域

瑞穂町に本社を構える東成エレクトロビームは、高エネルギービームの加工業をメインに、メーカーとしての挑戦を続けるニッチトップ企業です。電子ビーム溶接やレーザー加工などの高度な技術を用い、宇宙開発や携帯端末、医療機器など様々な分野の産業の一端を担っています。

東成エレクトロビーム外観

宇宙探査機「はやぶさ2」の製造プロジェクトでは、惑星内部の物質を採取する際に人口的なクレーターを形成するための装置の溶接を担い、ミッションの成功に寄与しました。上野邦香(うえの・くにか)社長はこれまでで最も社会貢献できたこととして、このはやぶさ2の案件を挙げています。

「成功するまで諦めないこと」と、上野社長は成長のカギを話してくれました。
「1977年前後は創業ラッシュの時代でした。この多摩エリアには大企業の研究所などもあり、そこに紐づく仕事を担う中小企業が必要とされていました。つまり、研究開発型の企業育成をする土壌があったのです」。

時代背景や地域性が追い風となり、あらゆる業種の加工を請け負い経験を重ね、その技術を磨いてニッチトップ企業となった東成エレクトロビーム。現在は、一定の技術評価のある企業がタッグを組むソリューション型協業受注集団「チーム入間」に参加するなど、先を見据えた企業間連携にも積極的に取り組んでいます。

工場見学風景

また、加工業におけるさらなる付加価値や新たなアプローチを追求すると同時に、ニッチトップ企業の生き残り戦略として、自社製品である医療機器の開発にも力を注いでいます。ひとつのものづくりが半永久的に続くわけではないということは明白であり、常に独自の視点で時代を読み、前進し続ける姿勢はニッチトップ企業にとってなくてはならないものだといえるでしょう。

東成エレクトロビーム 上野邦香社長

1977年の設立以来、東成エレクトロビームは瑞穂町を中心に企業のネットワークや人との出会いにより成長を遂げてきました。それらの縁が現在、近隣地域の工業高校のインターンシップの受け入れや、合同就職説明会への参加につながっています。また、多摩未来奨学金制度には東成エレクトロビームも出資しており、多摩エリアの未来の人材に向けた企業の期待度の高さが感じられました。
「企業は地域と寄り添っていかないと成り立ちません。そのための取り組みはどこの地域でも必要ですし、様々な企業が当たり前のように地域と関わりを持ってやっています」と上野社長。現在、瑞穂町の本社工場と羽村工場の従業員のうち、80%以上は多摩エリアや近隣地域からの採用です。こうして地元地域とつながり合うことで縁が広がり、企業はより地域の中で地盤を固め成長し、地域はあらゆる面で豊かさを増していくのだと思います。

東成エレクトロビーム羽村工場前にて

4.地域に根付くニッチトップ企業の未来

中小企業は工夫と挑戦の連続です。お話をうかがった2社の事業内容は異なりますが、この点ではどちらからも同様のメッセージを感じることができました。また、「自分たちにしかできない仕事である」という仕事に対する誇りは、ニッチ市場においてトップを走る企業だからこそであり、この熱量もまた、企業の信頼性を上げている要因のひとつに違いありません。

地域における企業の貢献度が雇用と税収という2点に絞られるとしたら、数字の上ではニッチトップ企業は大企業に敵わないのかもしれません。しかし、数値化できない地域との関係性や相互に与え合う支援というものが確実にあるのだと感じました。そういった、決して大規模ではないつながりや関係性の輪が地域にはたくさんあり、その積み重ねがそれぞれの地域の歴史や特徴をつくり出しているのではないでしょうか。

次回の『地域×企業→未来』は、「多摩エリアの金融機関」がテーマです。地域×企業において語られる金融機関の成り立ちや歴史をたどっていきます。

多摩大学ながしまゼミ2年
 渡邊陸斗・塚本朝日・松永怜士・石川大翔

※参考文献
1.文献・論文
  • ・細谷裕二[2017]『地域の力を引き出す企業 グローバルニッチトップ企業が示す未来』ちくま新書
2.インターネット